太陽と雪
「椎菜……サンキュ。
話してくれて。


俺も久しぶりに顔見れて、声聞けて。
すごい嬉しかった。

俺もさ、矢榛椎菜っていう1人の人間としての幸せを考えて結論出してなんて、カッコいいこと言っておいて。

椎菜、今でもお前が大好きすぎて。

椎菜との高校時代の写真見ては柄にもなく泣いたりさ。

あの日記帳、ごめん。

椎菜がカナダに来てから、読んでないままだった。

こっちには持ってきて、鍵もそのままにしてあるから、ちゃんと読む。

俺も椎菜にずっとずっと会いたかったんだ」

椎菜を腕の中から解放して、軽く頭を撫でる。

本当はもう少しと言わず、このままずっと腕の中にいさせたかった。

しかし、そうもいかない。

成人を迎えて、未成年だったときよりも少し豊かさが増した膨らみを数年ぶりに感じたためなのか、俺の下半身が主張し始めている。

この状態はさすがにマズい。


「ううん、私の方こそ。

嬉しかった。

麗眞に会えたもん。

もう、正直言って、一生会えないと思ってたんだ。
麗眞のこと、大好きだからこそ、迷惑はかけたくないもの。

このこと、ずっと誰にも言わずに胸に秘めておくなんて出来なかった。

大好きな麗眞にも、麗眞のお姉さんにも危害が及ぶ。

そんなことにはなってほしくなかったから、良かった」

一瞬だけ微笑んで、この場を立ち去ろうとする椎菜の手を強く掴む。

少し戸惑って下を向いている椎菜の唇に自分の唇を近づけようとした、その時だった。

「麗眞坊っちゃま。

こちらでございますね?

捜し物は、フロントに届けられておりました。
どうぞご安心を」


相沢がルームキーを手に持って小走りでやってきた。


「やけに早かったな……
相沢。

もう少しかかるかと思ったぜ……
だが、空気は読めよ?」

全く。
椎菜にキスができる1秒前だったのに、とんだ邪魔が入ったものだ。


「も……申し訳ございません。
ご無礼を。
麗眞坊ちゃま」


「おや、椎菜さま。
お顔を拝見するのはお久しぶりでございます。

お元気そうで何よりで。

城竜二さまは……椎菜さまを何が何でも優勝させるよう……審査員にワイロやらカネを握らせるのでは?」


「やりそうだな……
狡い手を使うからな、あの財閥」

椎菜に話しかけた相沢の顔は耳まで真っ赤だった。

寸前だったとはいえ、もう少し遅かったら自分が使える主のラブシーンを見ていたかもしれないのだ。

当然といえば当然か。


「金の亡者の城竜二財閥のことだ。
やりかねない。

ペットの飼い主からカネを巻き上げるわりにずさんな手術をし、病状が悪化したらクレーマー扱いする。

ヒドイ獣医だからな城竜二 美崎は。

それを隠すためにもカクジツにその手は使ってくるだろう」

「お祖母ちゃんが審査員長やることになるだろうから大丈夫。

よくテレビに出て動物虐待事件の解説してるから詳しいし。

人を見る目もちゃんとあるから、大丈夫だよ!」


「だといいのですが……」


「お祖母ちゃんはお金に目が眩むような人じゃないから大丈夫大丈夫!」


今、小さな声で相沢が
"だといいのですが…"


って言った気が……


「何か言ったか?
相沢」

優秀な執事を、横目で睨み付ける。

椎菜を悪く言うのは、いくら俺の執事でも許さない。


「いえ、特に何も」


「私のことは心配しなくていいから。
おやすみ、麗眞」

俺を見つめる椎菜の目は潤んでいた。

こんなに可愛いなんて反則すぎる。

何とか理性にブレーキを掛けられているが、いつまでそれが保つか、分かったもんじゃない。

今でこそ、華奢な椎菜の腕を引いて、赤く縁取られた唇に、俺自らの舌をねじ込んでやりたいくらいなのだ。

こんなホテルの廊下で、いくら貸切とはいえできるようなことではない。

それに、先程は未遂で終わっている。

あと1秒あれば。
椎菜とキスが出来たのに。

椎菜自身もキスを拒まないでくれたら、その先も頭をよぎる。

とっくに脳内で想像はできていて、未だ収まっていないズボンの真ん中の膨らみがそれを証明済みだ。

まだヨリを戻していないのにそれをするのは憚られた。

それに、そういうことはきちんとヨリを戻してから、宝月家の屋敷内でしたい。

小声で相沢に時間を尋ねる。

22時だという。
もういい時間だ。

「椎菜、おやすみ。

もう、お前も学生じゃなくて社会人なんだし、夜更ししないで早く寝ろよ?」


軽く椎菜の額にキスをしてやる。

顔を耳まで真っ赤にしたまま、椎菜は無事に開いた自分の部屋に入って行った。

椎菜の部屋のドアが閉まったのを見届けて、俺も自分の部屋に戻った。

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