太陽と雪

甘え

〈彩side〉

いったい、いつまで話してんのよ、矢吹は。

遅いじゃない!

麗眞より、私でしょ?

貴方は他ならぬ私の執事なんだから。
そんなに重大なことなの?
あ、でも、私の命に関わるようなことだったら困るわね。

考えていたらキリがないわ。


部屋でベッドに横になっていても眠れなかった。

気分を変えるために大浴場まで来た。

熱いお湯に浸かれば、心のもやもやも晴れるだろうと考えた。

いい加減お風呂からあがろ……

矢吹が部屋に戻って、主人の私が部屋にいなかったら、きっと心配する。

お風呂から上がって、しばらく歩く。


上手く歩いている感じがしない。


なんか頭がボーッとするし……重い。


何だろう。
時間を持て余して、お風呂に入ったりサウナに入ったりを繰り返していた。

普段は、カラスの行水とまではいかないが、お風呂の時間は短めな方だ。

こんなに、長く浴槽につかることはしない。


……逆上せたらしい。

普段やらないことをやると、ダメね。

昔。
まだ、弟の麗眞が高校生だった頃。

宝月の屋敷に、初めて椎菜ちゃん以外の女性である理名ちゃんを連れてきた日。

理名ちゃんは、逆上せた椎菜ちゃんをテキパキと介抱していた。

亡くなった母親が看護師であったらしい彼女。

その手腕は、高校生になったばかりの女の子だとは、とても思えなかった。

今は私が、彼女のお世話になりたいくらい。

そんな昔の記憶を思い出しながら歩いていたせいか、目の前の影に正面から衝突した。


「いったい……」


転ぶことなく、私の身体はその男に抱き留められていた。


「大丈夫でございますか、彩お嬢様。

なかなかお戻りになられないので、心配でございました。
顔が赤いですよ、どうかなさいましたか?」


「や……ぶき……?」


「そうでございますよ?」


私の目の前で、私と目線を合わせてニッコリと笑みを浮かべる矢吹。

人の気も知らないで……よく笑ってられるわね。


「どこ行ってたのよ!

バカ矢吹!

あり得ないわよ、お嬢様を一人にさせるなんて。

しかも、勝手のわからない、宝月の屋敷以外の場所で!

お風呂行くのも迷いそうで!

それに、貴方がいなくて、とっても寂しかったんだからね!」

無意識に、そんなことを口走っていた。

しかも、矢吹の腕をポカポカと叩きながら。


「やはり……彩お嬢様は奥様の娘、でございますね。

たまに甘えるのがお上手でいらっしゃる。

お嬢さまのそういうところが、私は好きなのでございますが」


穏やかな微笑みを浮かべたままそう言ってくれた矢吹は、いきなり私を抱き上げた。

「何で急に……お姫さま抱っこ!?

恥ずかしいじゃない、こんなところで!

場所考えなさいよ、場所を!

ここ、曲がりなりにもホテルよ?」


「ご無礼を。

逆上せてしまっているようでございます。

このような時は安静が一番です。

お部屋に戻って、ごゆっくりお休みになってくださいませ」

何よ……。
私、まだ何も言っていないのに。

物わかり良すぎるのよ。

さすが、私の優秀な執事ね。
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