主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
主さまは時々積極的に触れてくる。


今も膝の上に乗せた手に指が絡んできて、息吹をどきっとさせて硬直させていた。


「ぬ、主さま…」


「…十六夜、と呼んでもいいぞ」


――真実の名。

呼ばれたくない者に真実の名を口にされると、その者を殺すこともある。

だが主さまは“呼んでもいい”と言い、呼んでほしい、と言っているようにも聴こえた。


「十六夜、さん?」


「…もっとはっきり呼べ」


「…十六夜さん」


瞬間、身体がひょいっとさらわれ、気が付けば主さまの膝の上。


性急に近付いてくる主さまの美貌に心の準備が全くできていない息吹は両手で主さまの口を塞ぐと不愉快そうな顔をされた。


「な、何するの!」


「ひとつしかない」


「駄目、さっき味見したでしょっ?」


「またする」


「ちょ…、やだっ、やめ…」


「おやおや?」


…やっぱり来た。


主さまが思いきりため息をつき、のんびりと歩み寄って来る男を見上げた。


「お前…実は盗み聞きをしているだろう?」


「馬鹿な。出歯亀などまっぴらごめんだ。おい十六夜、そこの膝の上の姫を譲ってもらうぞ」


「ち、父様っ」


あからさまにほっとした息吹が晴明の膝の上に移動すると、主さまは薄目で息吹を睨み、ふいっと顔を逸らした。


「ちなみに何をしようとしていた?よもや好いた男が居るというのに唇を奪おうとしていたわけではあるまいな」


「…」


「この子はまっさらな身体で好いた男に嫁ぐのだ。そなた…父代わりとのたまっていたがよくも娘にやましいことをしようとしてくれたものだな」


「…」


結局また言い返すこともできずに黙り込んだ主さまは耳を赤くして晴明の首に抱き着いている息吹に盛大なため息をついた。


「好いた男とはどこのどいつだ」


「…言ったらどうするの?」


「お前に見合わない男だったら反対する」


「誰であっても反対しそうだがなあ」


ごろごろと喉を鳴らしそうな勢いの息吹に、自分にもそうしてほしいと思いつつまたため息。

< 266 / 574 >

この作品をシェア

pagetop