愛を教えて
だが、万里子は怒るどころかウエイトレスに感謝していた。

なぜなら、そのおかげで、さっさと引き上げる理由ができたのだから。シルクのドレスは一枚台無しになったが、不幸中の幸いに思えた。



「少しあちらで話しませんか?」


卓巳は薄暗いウッドデッキに置かれた木製のベンチを指差して言う。


「……はい」


一瞬迷ったが、きちんと返事を伝えなくてはならない、と万里子は思った。



「えっ?」


弘樹は小さく驚きの声をあげる。

万里子を誘う卓巳の態度に、弘樹はようやく気がついたのだ。卓巳が万里子を攫うつもりである、と。

このときの弘樹は、婚約の申し込みがすでに断られていることも、渋江頭取と卓巳の間で交わされた密約も、知らされてはいなかった。

万里子を呼び止めようとした瞬間、卓巳の視線が弘樹を捉えた。

ふたりの年齢差はわずか三歳。しかし、その差が三百年にも等しいことを数秒で思い知る。

弘樹は無言で身を引いた。


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