高天原異聞 ~女神の言伝~

7 夢幻の月


――咲耶。そなたは変わらず美しい。咲く花のように艶やかでこの心を捕らえて放さない。

 そう言ってくれた、愛しい夫はもういない。

――いいえ。その名はすでに私の名ではない。お別れです、愛しい方。どうかお幸せに。
  私はこの呪われた身に相応しき処へ往きます。

――往くな。どのようなそなたでも構わぬ。一緒に往こう。

――いいえ、いいえ。一緒には往けない。貴方の傍らに立つ資格が、私にはもうない。
  愛しています、愛しい方。永遠に。それでも――さようなら。

 何度も失われた名で自分を呼ぶ夫を捨て、此処まで来た。
 全て、あの男の――妹を辱め、裏切り、捨てた男への復讐のためだ。
 憎しみが、怒りが、この身を豊葦原に押しとどめた。
 永遠に、あの男だけは、許しはしない。
 黄泉返ったのなら、何度でも、黄泉へ追い返してやる。
 もう二度と、妹も、自分も、傷つけさせるものか。
 大切なものをもう、黙って奪われたりはしない。

 闇の檻の中で、禍つ霊の比売神は心を囚われたまま哀しい夢を視る――








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