琥珀色の誘惑 ―日本編―
「ちょっと、お母さん聞いてよ!」


特別室に戻るなり、舞は母に悔しさを訴えようとした。

だがそこで待っていたのは母ではなく……。



革張りのソファにゆったりと腰掛け、長い脚を持て余すように組んでいる。
今日は髪と同じ、焦げ茶色のスーツだ。
それも既成品ではなく、タグの付いていない、お抱え職人に作らせたオーダーメードに間違いない。

舞が部屋に飛び込むと、彼は素早く視線を向けた。

金色の瞳に囚われた瞬間、舞の思考はフリーズしたのである。


(殿下……殿下……えっと、ミシュ……瓶と貝で……)


「サ、サル?」

「アルだ。ミシュアル・ビン・カイサル・アール・ハーリファ……もっと正確には、カイサルの後に祖父の名前、ビン・イーサーが入る。ビンは日本語で息子という意味だ。舞、君は婚約者の名前も覚えられないのか?」


二文字の名前すら覚えられない愚か者、と言われたも同然だった。

舞の悔しさは一気に五割増しだ。
こんないきなりやって来たりしなければ、ミシュアル王子の名前くらいちゃんと覚えている。


「殿下とお呼びすればいいんでしょう? それから、わたしはあなたを婚約者だなんて思ってませんから」

「アルだ。君は私をアルと呼ばなければならない」

「どうして?」

「私が許可したからだ」


ありがたく思えとばかりに王子は言い放った。


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