弾かないピアノ
『ピアノを弾いて落とせなかった女はいない』
そう言ってはばからない新入生がいると聞いたのは、大学の長い夏休みが始まる直前のことだった。
どんだけ自信家なんだと鼻っ柱を折ってやる勢いで、彼の生息するピアノ科棟へ鼻息も荒く乗り込んで行った子も
ただの興味本位の子も
楽譜なんて読めないし、クラシックなんて聞いたことがないというようなちょっととんがった女の子も
全員きれいに「落とされて」帰ってきた。
「あんたも行ってみてよ……すごいから」
学食でうっとりしたようにささやき、何かを思い出したように頬を染める彼女たちに言われて、「じゃあ行ってみるか」と腰を上げた。