クランベールに行ってきます

 ロイドが横からひじでつついた。

 そうだ、挨拶しなければならない。

(”はじめまして”じゃ軽すぎる。えーと……)

「お初にお目にかかります、国王陛下。ユイ=タチカワと申します」

 結衣はそう言って頭を下げた。
 名前を告げるのが精一杯だ。
 それ以上余計な事を言うと、絶対ボロが出る。

「なるほど。レフォールによく似ている。ラクロットから女性だと聞いていたが、この声はおまえの仕業か? ロイド」

 王は目を細めてロイドを見つめた。
 ロイドが肯定すると、王は結衣に話しかけた。

「ユイとやら、此度は愚息が迷惑をかけてすまぬ。あれが見つかるまでの間、影を頼まれてくれるか」

 国王直々に言葉を賜り、何か答えなければならないが、焦れば焦るほど言葉が見つからない。

(えーと、えーと……。そう! 相手は社長! 取引先の社長!)

 結衣はにっこり微笑むと、身体の前で両手を重ね背筋を伸ばすと四十五度の角度でゆっくりとお辞儀をした。

「かしこまりました。必ずご期待に添えるよう努力いたします」

 身体を起こすと、王が満足げに頷いた。
 大仕事を終えた気になって、結衣がホッとしていると再び王が口を開いた。

「ユイ、ひとつ私の頼みを聞いてくれるか?」
「はい」

 何だかわからないが、とりあえず返事をする。
 すると王はにっこり微笑んで思いも寄らない事を要求した。

「レフォールになったつもりで、私におねだりをしてみよ」
「はい?」

 結衣は笑顔を引きつらせたまま固まった。

 いきなり演技力テストだろうか?
 しかし、王子の事を何も知らないのに王子になったつもりでと言われても、どうすればいいのかわからない。

 王子から見れば王は父親。
 父親におねだりって何を?

”パパァ、マンション買ってぇ”——って、何か違う。

 第一王宮に住んでいる者がそんなものを買って欲しいわけがない。

 王子が王にねだるものって何?
 庶民の王道を行く結衣には見当も付かない。

 脳みそをフル回転させながら固まっている結衣に、ロイドが耳打ちした。

「え?」
「いいから、言ってみろ」

 本当にそんなものでいいのだろうか?


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