エスメラルダ
第二章・妬心の牙
 エスメラルダが夜会から帰ってくると、侍女達が慌てて彼女の許に走りよってきた。
「レイリエ様が……!」
 濡れた目で自分の為に言葉を振り絞ったのはエスメラルダがランカスターの領地に踏み込んだ時、最初についた侍女だった。名をマーグという。四十代の侍女だ。
「レイリエ様がどうかなすったの? でも、あの方の行動はいつも奇抜なものではないの。そんなに恐ろしい事をなさったの? 話して頂戴」
「エスメラルダ様の……喪服を……!」
 涙を流しながら言うマーグの頭を、エスメラルダはそっと撫でてやった。
「喪服をどうしたというの? 火でもつけたの?」
「切り裂きなさったのです!」
「全部?」
 エスメラルダは、マーグに優しく問いかける。だが、瞳は猛る炎のように燃え盛っていた。緑の炎。
「全部にございます。我々のお言葉を聞いては下さいませんでした!」
 マーグに付き従っていた他の侍女達も首肯する。エプロンの裾で涙を拭いている者達もいた。
 この侍女達はエスメラルダにとっては文字通り大切な財産だった。自分を愛し、付き従ってくれる絶対の忠誠を誓ってくれた侍女達。
 そしてランカスターが、貴族の責務として、新年最初の祝賀行事の時に提出する遺言状の財産分与に、エスメラルダの財産として書き残したもの。
 人の命を『財産』と呼ぶこのしきたりの所為で心ならずもエスメラルダに付き従わなくてはならなかったという侍女達も居たが、エスメラルダはそのような者には暇を出した。
「仕方ないわ。お前達の落ち度ではないもの。目上の者に許可がない限り触れる事も出来ないお前達に、どんな落ち度があったというの? 話しかけるだけでも、相当に勇気が要ることだったでしょうに」
 エスメラルダはマーグの頭を撫でた。優しく、抱きかかえるように。それは主従というには余りにも密接な空気を孕んでいた。
 だけれども、エスメラルダにとってマーグはとても慕わしい存在だったのだ。
 そう、まるで母のように。
 ランカスターに連れられて緋蝶城に入城したその夜、寝台で密かに泣いていたのを抱き締めてくれたのはマーグであった。
 あの時の温もりが、エスメラルダには忘れられない。
 そのマーグを傷つけたレイリエが憎かった。
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