紺碧の海 金色の砂漠

(8)愛への道のり

(8)愛への道のり



それはアラビア語だった。

レイは一度も会ったことのない婚約者を平然と受け入れるミシュアルが不思議でならない。彼は通訳を制すると、そのことに不満はないのか、と尋ねてみた。

そしてその答えは、予想以上にわかり易いものだった。


『私は五年前に彼女を娶るとアッラーに誓った。妻を持つことは男の義務であり名誉だ。あなたは違うのか?』


国策としてカトリックを受け入れたアズウォルド王国。レイも洗礼を受けたカトリック教徒だ。

しかし、レイの中に神はいなかった。国難は自力で乗り越えねばならない。誰もがレイに縋り、期待の眼差しを向ける。まるで彼自身がアズウォルドの神であるかのように。

レイはその期待に応える為に、幼い少女との婚約を受け入れた。だがそれは、大国の重圧に対する屈服であり、屈辱に等しい。

珍しく、彼の胸に黒い塊が蠢いた。

目の前にいるのは、世界最大の原油大国を笠に着た気楽な身分のプリンス・シーク。アメリカ政府から蔑ろにされても、国家的にはさしたる問題がない程度の……。


『私は次期国王として国民を飢えさせるわけにはいかない。婚約や結婚に個人的感情も名誉も必要ないんだ。王位から遠い君にはわからないことかもしれないな』


レイは自分の言葉に驚いていた。

すぐに謝罪を思い浮かべるが……ミシュアルは超然たる態度で言い返してきたのだ。


『国民を飢えさせぬなど、王たる者の義務だ! 立場に変わりなく、試練は常にある。摂政皇太子《プリンス・リージェント》、その称号をもって行うことが名誉と思えぬなら、とっとと辞めてしまえ!』


ミシュアルの叱声に、双方の側近が気色ばんだ。


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