シンデレラに玻璃の星冠をⅢ

仮眠

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「玲くん、ちょっとちょっと…!!!」


黙ったままの玲くんは、騒ぐあたしを肩に担いだまま、つかつかと隣の部屋のドアを開ける。


バンと一回掌を壁に叩き付ければ、部屋の灯がついて暖房機器が作動する音がする。

電気の力によるものか、物理的にスイッチをただ押しただけのモノか、あたしからはよく見えない。


…玲くん怒っている?


笑みを一切消した玲くんは、気軽に声をかけられないようなそんなぴりぴりムードを漂わせていて、あたしは身を竦めるようにして言葉を飲んだ。


目に拡がるのは…何処からどう見ても普通の保健室。

今までいた第二保健室こそが特殊中の特殊な特別室だったのだから、一般常識的な保健室にて日常に戻ったはいいけれど…物足りなさを感じるのは何故だろう。


人間、贅沢には慣れてはいけないものだ。

甘やかされて育っている小猿くんの将来が非常に心配。

紅皇サンが、皇城家の坊ちゃまに執事としてお仕えすれば別だけれど。

紅皇サンは紫堂の次期当主にお仕えするというのなら、紅皇サンにべったりな小猿くん…この先どうなっちゃうの?


なんてどうでもいいことを考えている間、あたしごと移動した玲くんは、質素な机、薬が入っている戸棚を通過して、ベッドの上にあたしを座わらせた。


玲くんは傍にあった丸椅子に引き寄せ、あたしの真っ正面に座る。

何だか…痛いくらいの視線に居たたまれず、俯いてしまったあたし。


「………」

「………」


何、この重い沈黙。


耐えきれず俯いていた顔を上げたあたしは、切ない顔であたしを見ていた玲くんに気づく。


「玲くん…?」


玲くんはそっとあたしの手をとると、手の甲をそろそろと指で撫でた。


「僕は…頼りない?」


寂しげな鳶色の瞳を向けられて、あたしは息を飲んだ。


「君が泣いたのも…久涅に何か言われたのも…僕には話せないこと?」


そしてあたしの片手を、両手で挟み込むようにして握りしめると、玲くんの頬にあたしの手をすりすりする。


それで気づいた。


「あ…玲くん、ほっぺ…」

「………。今、気づいたんだ…ね…」


光なく憂えたその瞳に、あたしは返す言葉はなく。

あんなに顕著な変化を見せていたほっぺが元通りになったなんて、それは一大事にもなるような凄いことなのに…どうしてあたしは気づかなかったんだろう。
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