ビロードの口づけ 獣の森編


 少しイタズラ心が芽生えた。
 昨日飛び起きるほど驚かされたので、仕返しとして鼻先にチュッと口づけてみた。

 案の定、黒い獣はビクリと身体を震わせ、飛び起きて頭をもたげた。
 耳をピンと立てて辺りを見回す。

 ふと目が合い、目の前で笑っているクルミに、からかわれた事を悟ったようだ。

 目を細めて耳を後ろに倒し、グルルとうなった。

 きまりの悪そうな様子がかわいくて、クルミは手を伸ばし獣の首を撫でた。
 その手首に獣がカプリと噛みつく。

 クルミにからかわれたのが、よほどおもしろくなかったらしい。
 獣はクルミの手や腕を何度もカプカプと甘噛みした。

 鋭い牙の先端が少し当たるが痛くはない。
 むしろくすぐったくて、クルミは益々笑い転げた。

 獣は一声うなってクルミの上にのしかかり、太い前足で両肩を押さえつけた。
 そして獲物を捕捉したような正確さで、素早く首筋にカプリと噛みついた。

 観念した獲物のように、クルミはピタリと動きを止めた。
 ゆっくりと腕を回して獣を抱きしめる。
 獣は噛みついた口を開き、首筋や耳をペロペロと舐め始めた。

< 28 / 115 >

この作品をシェア

pagetop