私たちは部署に戻ると、始業のチャイムが室内に鳴り響く。
 そこで、課長に渡された書類に目を通してからパソコンを立ち上げた。

「なんで、あんな幽霊みたいな子をかまうのかわからない」

 笹岡さんとのやりとりで気分を害している様子の柏木さんが不機嫌な様子で呟いている。
 課長と一緒に部署に入ったのがよっぽど気に入らないらしく、私を睨みつける。

「どこを見てるんだ?、柏木。ちゃんと仕事に集中しろ」
「はい……課長!」

 見るに見かねたのか、課長が柏木さんを注意する。
 ――いつもそうだ。柏木さんが私につっかかってくると、こんな風に助け船を出してくれる。
 彼のそんなさりげない優しさに心が揺れ動いていた。

「真島、ちょっと来い」
「はい――」

 課長が考え事をしていた私を呼ぶ。仕事に集中してなかった私は、怒られるような気がして席を立って課長のもとへ行く。

「真島も、何かあれば必ず俺に報告しろ」
「申し訳ありません」
「お前に怒ってるわけじゃない」

 言ってることは自己中心的だけど、なんでこんなに優しく聞こえるのだろう?
 こんな自分はおかしいのかもしれないけど、そんなしぐさがひとつひとつ真っ白な雪のように、心に染みてくる。

「今日もあいつらに何か言われたのか?」
「いえ……そんなことは」
「やけにお前につっかかってるから少し心配だ」
 課長は私の耳元でそう呟く。勘違いしてしまいそうな優しいまなざしにせつなくなる。
 振り向いてもらえないとわかっているのに、ふとした瞬間に期待してしまう。
 ――なんだかバカみたいだと思うのに、胸騒ぎが止まらない。
「悲しそうな顔をしたり、嬉しそうな顔をしたり、お前は忙しいな」
「えっ……? いえ……」
「別に悪いと言ってない……むしろ自信を持て」
「すみません」

 恥ずかしくて課長から目をそらして俯く。不意打ちでこんなことを言えてしまうからもてるのだと思う。
 そんな私をからかうかのように、課長は私の耳元に唇を近づけた。

「俺以外にそんな怯えた顔を見せるな」
「すっ……すみません」
「怯える顔は野獣を喜ばせるだけだからな」

 内心で私なんかが怯えても誰も喜ばないと思う。
なのに、課長は口癖のようにその言葉を呟くと顎を持ち上げた。

「か……課長?」
「無垢な仔兎はしつけが必要だな」
「課長はうさぎを飼っているのですか?」
「……お前、全然わかってねえだろう?」

 課長が言いたいことがわからない。そんな私のおでこを人差し指でつついた。
 部署の人たちは仕事をしてる最中なのに、とても恥ずかしくなって足早に席へ戻る。

「課長が真島さんを特別扱いしてるなんて思わないでよね」
「すみません……」

 柏木さんが私にしか聞こえないような小声で釘を刺してくる。
 彼女に言われるまでもなくわかっている。だけど、甘い夢から突き落とされたような感覚になった。