山神様にお願い
確かこんな感じ、程度の画像しか浮かんでこないのだ。
ぼんやりと、背が高い男性の映像しか。
ああ、どうして私、しっかり見てなかったんだろう、なんて思ったりした。
あんなに近くにいたのに。どうして目を閉じて声をあげたりしてたんだろうって。顔を、目を鼻を口をその色や動きを、もっとよく見てればよかった、って。
目を開けて、彼の表情や笑顔なんかをもっとちゃんと自分の中に焼き付けておけば良かったって。
そんなわけで、私はあの強引な、優しい顔していじめっ子の自分のバイト先の店長に、彼曰くの初恋をしたらしいともう十分に認めた足で、のっしのっしと地面を踏みしめながら歩いていたのだ。
大学を出て、駅に向かっていた。小泉君に図書館で会った翌々日のことだった。
木枯らしが足元の枯葉を散らして過ぎていく。
相変わらず店長からの連絡はなかったけど、がっつり自分の気持ちに気付いてしまった今、まるで初めて彼氏が出来た中学生のような初々しさで、私は世界を見ていたのだ。
だから要するに、照れが酷くてメールも電話も出来なかった。
一人の時間のいたるところで、今までのことを思い返しては勝手に照れてジタバタしているってわけだ。
そんな私の目の前に、実年齢とは程遠い手練手管をもっていると思われる男の子が、現れた。
その子の名は阪上八雲。この夏まで私の家庭教師先の生徒だった少年だ。