花散里でもう一度
日常
爺様と婆様が、家を出ていた三年間や背中の傷について問い詰めたが、阿久は貝の様に固く口を閉ざし、何も語らなかった。


阿久の回復は目覚ましく、あれから一月経っただけで爺様の手伝いが出来る程になっている。

「貸せ。」

近くの小川から水を汲んで来た私が、覚束ない足取りで歩いているのを見つけると代わってくれたり意外と気が利くまめな男だ。

「もう傷は痛まないのか?天秤を担ぐのは背中に負荷が掛かるからな、無理をするな。」

「あぁ。」

「そ、そうか。それは良かった。…あー炭焼きの仕事は昔からやっていたのか?爺様はずいぶん阿久を頼みにしている様だし…。」

「あぁ。」

そしてなんとも口数が少ない。
顔立ちが強面系な上、無口、取りつく島も無い…会話終了。



無言を居心地悪く感じながら家に着くと、爺様と婆様はとんでもない事を言い出した。

「わしらは下の里にある家に移ろうかと思うんじゃが。のう爺様。」

「うん、阿久が帰って来たからのぅ。これからは若い者に任せるわい。」

夕餉の席で婆様が上機嫌に言った言葉に動揺を隠せない。
爺様は婆様とは少し違い、微妙な顔をしつつ頷いて見せる。

「あ、あの下の里って…。」

「阿久の生まれた家じゃ。誰も住まん様になってからも、ちょいちょい手を入れていたからな、まだまだ十分住める。」

「…里から峠までは随分遠いのか…」

「そりゃあ半刻は掛かろう。行って帰って一刻は優に欲しいわな。それがどうした?」

「いや、なんでも…」

黙々と箸を動かしていた阿久が、不意に顔を上げ私を見る。

その余りの目付きの悪さに、びびって伊吹を抱き直す。普段から眼光鋭い男だが、今のは視線で人が殺せるんじゃないかと思う。

私が何かしたのか?
嫌いな食べ物を知らずに入れてしまって、それを怒っているのだろうか?
色々と思考を巡らすも、答えは出ない。

「あんたは…どうするんだ。」

「…えっ?」

驚いた。
あの無口で無表情、他人に興味の欠片もなさそな男が、私に尋ねたのだ。
驚き過ぎて声も出せずにいたら、婆様がにっこり笑って代わりに答えた。

「勿論、ここに残るわな。この小屋が狭いから儂等が下の家に行くに、伽耶と伊吹まで来たらここと変わらぬよ。なぁ爺様。」

「まぁ、そだな。伽耶がそれでよければな。あと、阿久が…」

「…あぁ、構わない。」

そのまま再び食事に没頭する阿久。

なんでそんなあっさり了承するんだ、だって、それじゃあ…私と伊吹と、この男の三人暮し…じゃないか。






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