花散里でもう一度
熱が出て来たらしく、震える男の身体。
余分な布団は無い、仕方なく自分の布団をくっ付けて、なるべく密着しながら体温で温めるしかない。

夫以外の男の気配に、幾分緊張しながら横になる。

丁度川の字の並びで寝ている為、嫌でも阿久の顔が目に入って来るのが、少し…気不味い。
それなのに興味本位に、阿久の横向きの顔をまじまじと見てしまう。
意志の強そうな、真一文字に結ばれた唇はふっくらしている、彫りが深く男らしい造作だ。

茨木は男にしておくのが勿体無い美形だった。勿論女っぽいと言うわけではなく、恐ろしい迄に整った造作の上に、男の色気がだだ漏れになる最強の色男…らしい。鬼の里で世話になっていた女鬼の言葉を借りれば…だそうだ。

阿久は色気よりも、男クサい感じのする顔立ちだ。

無意識に茨木と、目の前の男とを見比べている自分に、溜息をこぼす。
不用意に茨木を思い起こし、切なさで堪らなくなる。
最近は、心の準備をしなくちゃあの頃を思い出せれない。
それは、茨木と過ごした時間の記憶が薄れたと言う意味では無く、寧ろ圧倒的に鮮明に思い出される記憶が、私を苛むから。

今のぬるま湯に浸かったような日々に慣れ切って、茨木を過去にしようとしているのでは無いか…、本当に茨木を思うなら、今直ぐにもここを出るべきでは無いのか…そんな考えが、海から立ち上る泡の様に、浮かんでは消えた。




鍋の煮える音に目が覚める。

ぐずぐずと考え混んでいたものの、しっかり寝入っていたらしく、薄明るい空が窓の隙間から見えた。

「伽耶はもちっと寝ておれ。昨日は大仕事で疲れたじゃろ。」

婆様にそう言われたものの、やる事が有るのだ。

自分の数少ない荷物を漁り、何やらゴソゴソやり始めた私を訝しむ婆様が覗き込んで来た。

「なんじゃいそりゃあ?」

「熱冷ましと痛み止めの薬だ。」

何種類かの粉末を、乳鉢の中で混ぜ合わせ水を加える。
異様な臭いを漂わせたそれを、婆様に渡すと、丁度いい頃合いで伊吹も目を覚ました。

「阿久の目が覚めたら飲ませてやってくれ。昨日は気を失ってそれどこじゃなかったからな。」

やれやれと息を付き、伊吹を抱き上げ乳を飲ませる。
乳房に吸いつかれる感覚は未だになれない。特に小さな赤子の唇が、胸の先端に触れる瞬間…。

ふと視線に気づき固まった。

布団の中からの気怠げな一言に、一気に顔が火照る。

「…悪い。見るつもりじゃ無かったが…。」

慌ててはだけた胸元を掻き合わせれば、伊吹が抗議の泣き声を上げた。

< 12 / 41 >

この作品をシェア

pagetop