ハーブ園の脇にある小屋の窓から、山の向こうに沈む夕日をこっそりと見つめる。
 やがて日が沈んだのを確認すると、私は思わず両手の拳を握りしめた。


「よし! 逃げ切った」


 小屋の外に出て、自由をかみしめるように大きく背伸びをする。途端に逃げ切った喜びよりも、一抹の寂しさを感じた。ホッと息をついた時、耳慣れた呑気な声が聞こえてきた。


「あーあ、負けちゃった」


 小屋の影からひょっこり現れた彼が、ニコニコ笑いながらこちらにやって来る。言葉とは裏腹に、あまり残念そうには見えない。


「いつからそこにいたの?」
「今来たとこ」
「ウソ」


 待ち合わせで私が待たせた時に、どれだけ待っていても彼は同じ事を言った。


「どうして捕まえなかったの? せっかく追い詰めたのに」


 彼は苦笑しながら白状する。


「やっぱり、君の嫌がることはしたくないんだよ。一日考えて、少し分かった気がする。君にとっての僕は、王子でも魔物でも関係ないって思えるほどの魅力はないんだろうなって。それは僕に問題があるって事だから、僕の気持ちだけ君に押しつけるわけにはいかないよ」


 そう言って彼は、私に右手を差し出した。


「二年間付き合ってくれてありがとう。この先も君と一緒にいられたら嬉しかったけど、潔く諦めるよ。約束だしね」


 私は差し出された彼の手を見つめて項垂れる。この手を握り返してしまったら、彼は本当に手の届かない雲の上の人になってしまう。

 こんなに近くで顔を見ることも、こんな風に言葉を交わすこともできなくなる。
 どうして最後になってこんな風に優しくなるの? 

 豹変した意地悪王子のままだったら、笑ってこの手を握り返すことができたのに。

 見つめていた彼の手が、ぼやけて滲む。俯く足元にポタポタと涙がこぼれた。


「……どうして王子様なのよ……」


 言っても仕方のないことが口をついて出る。


「ごめん」


 彼はつぶやいて、空振りに終わった手を下ろした。
 徐々に薄暗くなっていくハーブ園の片隅に、ふたりしてしばらく立ち尽くす。

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