「課長!困ります。私…!」

やっとの思いで課長に声をかけた。

このまま課長に手を引かれてどこへ行くのか。逆にこの手を離されてしまったなら私はどうなるのか。
幸せと不安が交互に私の気持ちを支配する。

もう、身を切られるような、すがりつくような恋はしたくはないの。

確かにお見合い相手の東条慎吾さんに燃え上がるような感情を抱いたことはない。
優しく包まれるような穏やかな毎日を彼とならきっと過ごせると信じているだけだ。
本気で愛していないからだと言われれば反論できない。
だけどそんな中でもきっと、溢れるほどの幸せを感じられると思うの。

「冗談は…!やめてください!」

私は掴まれていた手をサッと引き抜いた。

課長は振り返り私を見つめる。

深く澄んだその瞳。全てを見透かすような透明の輝き。

私は思わず目を逸らした。
やめて。そんな目で私を見ないで。あなたの残像が、瞳の裏に焼きついてしまう。

「…俺は…、笑える冗談しか言わない主義だよ。君をみすみす見逃すほどの余裕も生憎、今はない」

「終わらせるためだけに今日はお時間をいただいたんです。私の中にあったこれまでの想いを、全て課長にぶつけたかっただけなの…。捨てて、…忘れて楽になりたかった」

メソメソと泣き出した私を見て課長はフッと笑った。

「その気持ちは捨ててしまいたいほどに価値のないものなの?少なくとも…俺は…嬉しかったんだけど」




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