雨の日は、先生と

天野先生。

こうして出会ったその人は、私の運命を変えた。

先生と出会った日も、やっぱり雨だったんだね。



この頃の私はまだ、先生のことを特別な存在とは思っていなかった。

でも、人と話すのが苦手な私が心のどこかで、再び先生に会いたい、と願っていたことも事実だ。

心の片隅に、ほんの小さな温かい場所ができた。

あの日から、初めて誰かに頼りたいと思った。



「四月の魔女へ」を読み切って、それがハッピーエンドだったことがなぜかとても嬉しくて。

気付けば先生の面影を、心に描いていた。



傘を差しながら家に帰って、鍵で玄関のドアを開ける。

そのまま真っ直ぐ、部屋に向かう。


「唯。」

「何?」

「来て。」


リビングには、いつ帰ってきたのか母親の姿があった。
ソファーで前かがみになって、煙草を吸っている。
化粧が濃く、香水の匂いが強い。
仕事帰りの母は、いつもこんな荒んだ姿をしていた。

私は、そんな母親から目を逸らしながら立っていた。


「結婚する。」

「どの人?この間の人?それとも……」

「別にいいだろ、誰だって。」


母は鋭い眼差しで私を睨む。


「いつだって上手くいかないのはお前のせいなんだよ。……お前さえいなければ上手くいくんだよ。」

「ごめんなさい。」

「謝れば済むと思ってんの?唯、あんたなんか生まれてこなければよかったんだよ。」


つま先で思い切り蹴られて、後ろに倒れる。

「ごめんなさい。」

「腹が立つ。お前のその泣き顔見るのも。謝ってんじゃねーよ。」

倒れた私を引っ張って起こして、再び蹴る。

「ごめんなさい。生まれてきて、ごめんなさい。」

繰り返し謝る。
私にはそれしかできない。

本当に、申し訳ないと思っている。

分かるから。
母親の気持ちが。

こうして私に暴力をふるって、その度に一番傷付いているのは母だと、良く知っているから。


しばらくして母は家を出ていき、私はゆっくりと立ち上がる。

家を出て行った母は、いつも公園に行く。
そして、片隅のベンチで振り絞るような声を上げて泣くんだ。

そんな母の辛さを分かるのは、私しかいない。



痛みに顔をしかめながら階段を上るとき、いつも空しいような、諦めたような気持ちになる。

でも、今日は何か違った。

諦めたような気持ちの代わりに、逃げ出したいと思った。

こんな毎日から。


真っ暗な世界に光が見えたら、人はどうしても光の方に向かいたくなるのかもしれない。

真っ暗なままの方が、きっと穏やかなのだけれど――
< 5 / 119 >

この作品をシェア

pagetop