ひとまわり、それ以上の恋
◆16、とけない魔法

 京都の祇園祭は毎年七月一日から三十日まで。とくに中旬は大規模な神輿の移動が見られるので、観光客はもちろん地元の人間もたくさん訪れて街中は賑やかになる。

 私は市ヶ谷さんと一緒に三日間滞在する予定でいる。宿は清水寺の近くにある旅館。

 父と母は、京都で出逢い恋をした。そしてかけ落ちして東京に出ていったという。どんな風に出逢って、二人の気持ちを動かしたのだろう。父が母にプロポーズしたという撫子の花には、どんな想いが込められていたのだろう。

 市ヶ谷さんの口から知っていることを紐解くことは簡単なことかもしれないけれど、きっと父と母のことを想って口を噤んでいる。

 それから、市ヶ谷さんはどんな想いで、私の母を見送ったのだろう。数年経過して、再会した市ヶ谷さんと母の間には、父とのことは別として、何があったことだろう。

 結局、怖くて、母には確かめられていない。

「デザイン祭りもあるんだ。沢木くんと一緒に行ってもらうつもりだったんだけど」

 私が黙りこむと、市ヶ谷さんは笑ってからかうような目を向ける。

「仕事をさぼって君と何かをしようとしてた……と思われた?」
「ま、まさか」

 部屋はちゃんと別々にとってあるんだし。市ヶ谷さんの色っぽい流し目は心臓に悪いったらない。

 市ヶ谷さんは笑ってるし。
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