博士と秘書のやさしい恋の始め方
◆ラボ内恋愛のススメ
土曜の昼、訳あって周の実家を訪れている。

少々古びたキッチンに、家庭用にしては大きすぎるダイニングテーブル。

親戚も多く人の出入りの多いこの家の台所はかなり広めで、棚にはたくさんの食器や調理道具があふれている。

子どもの頃に足しげく遊びに通って見慣れたはずの風景。

けれども、大人になった今は幼かったあの頃とは少し違って映って見える。

活気ではなく静寂が漂い、懐かしくて、なんだかどこかもの淋しい。

そして、休日だというのに台所に大の男が二人きりの図……。

「靖明、何かいいことあったんだ?」

「何がだよ」

周はするどい。それとも、そんなに顔に出ているのだろうか? 

俺は決して表情豊かなほうではないはずだが。

感情の起伏がおもてに出ない性質(たち)というか――いや、そういう性質というよりは、子どもの頃からそうしてきたからだ。

訓練の結果というべきか、感情を抑える術が体に染み込んでいるのだ。

職場ではその無表情のせいで、怒ってなどいないのに不機嫌だと勘違いされることもある。

なのに、周には俺の心情がどうやらまるわかりらしい。

「秘書さんとうまくいったんだ?」

こういう聞かれ方をすると、どう答えてよいやら少々困る。

臆面もなく「ああ、そうだ」と言うのも違う気がする。

そもそも「うまくいく」の定義はなんだ? 

わからない……。

もちろん、険悪でないのは確かだ。

そして、互いを同僚以上の特別な存在として認識していることも。

もそもそ飯を食いながら、俺は性懲りもなく周に意見を求めた。

「おまえ、巫女さんとか幼稚園の先生と付き合ったことある?」

「靖明ってバカなの?」

大真面目な俺を、周はバカ呼ばわりして冷たく軽くあしらった。

「バカとはなんだよ」

「だってバカでしょ。僕んち神社で自営業。僕、これでも経営者側の人間なの。従業員さんに手を出すって大変なことなんだから」

「なるほど」

言われてみればごもっとも。

しかしながら、俺だって……俺だって言いたい。

「靖明。おまえ、ひょっとして“秘書に手を出すのだって大変だよっ”とか言いたいわけ?」

幼馴染というのはつくづく厄介だ……。

「おばさんが作るちらし寿司、相変わらず美味いな」

俺は周の問いは無視して、目の前のちらし寿司をせっせと口へ運んだ。
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