マッタリ=1ダース【1p集】

第7話、踏切に臨む

 カラン、カラン、ラン…。

「まいったな」

 電車を下りて、駅から数十メートル歩いたところに、開かずの踏切がある。
 その踏切に、哲郎は運悪く引っ掛かってしまったのだ。

『開かずの踏切』

 そう、この踏切は、地域で有名な開かずの踏切なのだ。

 即ち、遮断機が下りてからというものの、電車が近付いていることを示す矢印が、右を指していれば、左が点灯し、片方の電車が通過すれば、また次の矢印が点灯する。
 この繰り返しを数回踏むのだ。
 待っている歩行者や自動車の運転手も、ヤレヤレと言っては溜め息をつく。
 初めてこの踏切に遭遇した人なら、苛々することだろう。

 カラン、ラン、ラン…。

 哲郎は、安物のジャンパーに手を突っ込んで、遮断機の数メートル手前の、端の方でポツンと一人だけ立っていた。
 二つの音色が段々とズレて、耳障りな警告音になっても、大人しく聞いていた。

 給料日まで、あと二週間。髪の毛も伸びている。ポケットに入っている僅かな現金だけが頼りだった。

 月の半分を過ぎると、いつだって生活が苦しかった。
 哲郎は、自分を遮っている遮断機が、徐々に恨めしく思えてきた。

 その時である。

 何かが哲郎の踝(くるぶし)に触れた。

 目の不自由な人用の杖だった。
 盲目であろう青年が、踏切に向かって、哲郎のすぐ側を通り過ぎた。

「あっ、ちょっと。踏切ですよ」

 哲郎は慌てて、「彼」、に声を掛けた。

 しかし、彼は哲郎に注意されるまでもなく、遮断機の前で、的確に立ち止まった。

 そして、哲郎がその様子を見ていると、彼は哲郎の方に振り向いた。

「大丈夫ですから、ありがとう」

 彼はそう言うと、軽く会釈をした。

 哲郎はその言葉を聞いて、ようやく我に返った。
 そして知らず知らずのうちに身に付いた自分の傲慢さに、この時初めて気付いた。

 カラン、ランッ。

 煩すぎる警告音が止んだ。
 遮断機が上がり、ようやく通れるようになった。

 目の不自由な彼は、そそくさと踏切を渡る。
 それはまるで、周りが見えているかのように、軽やかだった。

 哲郎はそんな彼を見届けると、自分も地に足を着け、踏切を渡り始めた。



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