冬夏恋語り


夏祭り帰りのカップルが立ち寄るような、いかにもそうだとわかるところに行くのは嫌だと言い、街中まで車を走らせた彼が選んだのは、最近できたばかりの外資系ホテルだった。

予約もなしに飛び込み 「良い部屋を頼みます」 と怒ったように告げた彼と、恥ずかしそうにたたずむ私へ、まったく顔色を変えることなく対応するフロント係りはさすがだった。

宿泊荷物も持たない私たちを部屋に案内する係りの男性も、仕事と割り切っているのか表情ひとつ変えず  「どうぞごゆっくり」 と抑揚のない声を残して立ち去った。



二人だけになった部屋には、緊張感が張り詰めていた。

いたたまれず 「西垣さん」 と呼びかけたとたん、彼の腕につかまった。

荒々しいキスの合間に、浴衣の裾を探る手が容赦なく素肌をむき出しにし、細部にまでこだわって結んだ帯は、たちまちほどかれ床に流れ落ちた。

伊達締めに手をかけたが、その手が紐をほどくことはなく、裾へとすべると浴衣を腰までまくり上げた。

待って……と願う声は聞き入れられず、私は半身をまとったまま壁に手をつき、肌を重ねることで得られる感覚に身を震わせた。

息を整える間もなく、彼の体にしがみつきもつれるようにベッドに転がり、ふたたび体を重ねた。


我を忘れ、時を忘れて過ごしたのち、時刻が気になり見回すと、凝った細工の調度品が目に入り、ここはグレードの高い部屋だったと思い出した。

探し当てた時計は、真夜中の零時すぎを示している。

父の怒り顔と向かい合う勇気はないが、もうどうにもならないのだから、いまさら慌てても仕方がないと覚悟を決めた。






ベッドに横たわり天井を見つめる彼は、何を考えているのだろう。

抱き合い熱を伝えるための場所にこだわったのはなぜ?

彼のプライドがそうさせたの?

私の気持ちを考えてくれている?

勢いで行動することのなかった西垣さんの意外な一面は、私に疑問と不安を残した。



「遅くなっちゃったね……」


「私もこのまま泊まろうかな」


「けど、門限があるでしょう」


「これから帰っても、朝帰っても、父の小言が待ってるのは変わりないから」


「やっぱり帰ったほうがいいよ。送って行く、深雪ちゃんの……深雪のお父さんに一緒に謝ろう」


「ありがとう。でも、今夜は一人で帰ります。二人で帰ったら、西垣さんが悪者になっちゃう。

玄関前で怒鳴られるのは目に見えてるから……」


「でも、俺が引き止めたから遅くなったんだし、深雪だけが怒られるのはおかしいよ。

そんなことはさせられない」



半身を起こし真剣な顔で、そんなことはさせられない、と言う西垣さんに誠意を感じた。



「その気持ちだけもらっておきます。ウチの父って、怒ると周りが見えなくなるの。

真夜中、玄関の前で二人並んで大声で怒られるのって、恥ずかしいでしょう。

今夜は、お友達と話をしていたら時間を忘れたことにします。それで大丈夫だと思うから」



西垣さんは、明日からまた地方へ出掛ける。

夏祭りを一緒に過ごし私と別れたあと、そのまま現地へ向かう予定になっていた。

長距離を走るから睡眠は大事です、このままホテルに泊まってくださいと頼んだ。

「わかった」 としぶしぶうなずき聞き入れてくれたが、親父さんの怒りが収まらないときは知らせて、すぐに飛んでいくからと嬉しいことを言ってくれた。


乱れた髪を指ですくいあげ、両手で私を起こした彼は、まじまじと私を見た。

こんなになって、ごめん……

ばつが悪そうな顔で謝りながら浴衣の乱れを直してくれようとするが、盛大に乱れてしまった着付けは

直しようがない。

「着付けをやり直すから」 と彼の手を止めると、なぜか嬉しそうな顔をした。



「脱いでから着るのか。楽しみ」


「見ないで」


「えーっ! 減るもんじゃないでしょう」


「イヤです」



残念そうな顔をする彼の視線を避けるように、背中を向けて着直し、髪を整え化粧も直した。

ホテルを出たのは、門限を一時間以上も過ぎた真夜中だった。


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