冬夏恋語り
ビンを捨ててくると言いその場を離れた彼を待っていると、「深雪さん」 と呼ばれて振り向いた。
「あっ、こんばんは」
「こんばんは。わぁ、浴衣すごく似合ってますよ」
「ありがとう。東川さんも雰囲気が違いますね。スーツじゃないから」
「祭りにスーツはないでしょう。いつもは、こんな感じですよ」
「とっても似合ってる」
「でしょう」
これがほかの男性なら、突然話しかけられても上手く返事ができず、しどろもどろになるのに、仕事で話し慣れている東川さんとは、スムーズに会話ができてしまう。
人懐っこい東川さんだから、緊張せずにいられるのかもしれない。
「深雪さん、一人じゃないですよね」
「うっ、うん、そうだけど。東川さんは?」
「あれ? 一緒にいたのに、屋台でも見にいったのかな」
薄っすらと汗がにじむ顔を団扇で扇ぎながら声をかけてきたのは、うちに事務機器を収めているメーカーのメンテナンス担当の東川さんだった。
一緒にいたはずだけど、と探しているのはきっと彼女かな。
私よりいくつか年下の東川さんの彼女だから、20代の若くて可愛い女の子でしょうね。
20代の彼女たちがふりまく若さは、私には脅威だ。
怖いものなしのようなはじける笑顔を向けられると、ひりひりと焼け付く痛みを感じることさえある。
30歳をいくつも超えた私には、太刀打ちできるものではない。
できたら会いたくないな……
会ったこともない東川さんの彼女を勝手に思い描き、首を振り一緒に探しながら、私は卑屈な思いになっていた。
「どこにいっちゃったのかな。そのうち見つかるでしょう。
深雪さんは、もしかして彼と一緒ですか?」
「えぇ、まぁ」
「へぇ、社長公認ですか」
「それが……まだ」
「わっ、親父さんが知ったら」
「お願い、今夜会ったことは黙ってて」
「いいですよ。深雪さんの浴衣も見れたし。へぇ、ペディキュアとかするんですね。
なんかいいな、意外で」
「意外かな」
「ですね」
東川さんの返事はそれこそ意外で、浴衣が似合っていると言われただけでなく足元に気がついてくれたことも嬉しかった。
彼氏さんはどこですかと聞かれ、ゴミを捨てに行ったんだけど……と言い終わらないうちに西垣さんの声がした。
「深雪、いこう」
「はっ、はい」
どうも、と形ばかり無愛想に頭を下げる西垣さんへ愛想良く頭を下げた東川さんは
「明日、一番にお邪魔します」 と爽やかに言い残して私たちの前から去っていった。
「深雪」 と、初めて呼ばれてびっくりしている私の手をつかんだ彼は、乱暴に手を引いて人垣をかき分けて歩き出した。
帰るのかと聞きたいけれど、聞くに聞けない雰囲気がただよっている。
大駐車場の一角にたどりつくと立ち止まり、不機嫌な顔が私に質問を始めた。
「さっきの、誰?」
「東川さん? ウチに出入りしている業者さんよ」
「すごく親しそうだった」
「メンテナンスで毎月会うから話はするけど、親しいほどでは……」
「親しくもないのに、服を褒めたりする?」
「褒めたわけじゃなくて……聞いてたの?」
私と東川さんの立ち話を聞いていたらしい。
けれど、そうだとは認めたくないのか私の問いかけには返事がない。
「深雪さんって、名前を呼んでた」
「ウチって家族経営だから、父も私も小野寺でしょう。だから、みなさん名前で呼んでくださるの」
「これから……」
「はい?」
「みゆきって呼ぶから」
「はい……」
そのときの西垣さんは、苦々しい顔をしていた。
彼は、私が東川さんと親しそうに話したことが嫌だったようだ。
それは、東川さんに嫉妬している……ということ……
私の予感はあながち外れてはいなかった。