やわらかな檻
 大きな黒い傘を見ればだいたい予想はつく。

 でもそれを容易に実行に移せる立場ではなかったはずだ。

 二年前に与えられた、婚約者としての知識が記憶違いでないのなら。


「どうして迎えになんか来たのって訊いてるの!」


 たかが雨くらいで。
 傘を持ってこなかった間抜けな私が濡れるくらいで。

 慧が掟を破る必要はどこにもない。

 それなのに慧はどこ吹く風で私の頬に手を伸ばし、触れる寸前でそれを止めた。

 ゆるりとした動作で腕を下ろしていく。


「貴女が雨に濡れ、あまつさえその姿を民衆にさらすのなんて許せなかったからですが、何か」
「……傘は? それに格好も」


 来る時に使っていたと思しき傘一つしか手首に引っ掛けていない。

 更にはジーンズに白い長袖のシャツを合わせた、中性的な、けして女装とは言いきれない格好だ。

 結ばれていない長い黒髪がぎりぎりのラインで慧を性別不詳にさせている。
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