微動
「いや、失礼しました。下衆な勘繰りではありません。警察も、と言うより、私はこの事件に慎重なのです」

志田は一つ前置きをして、私的意見を述べた。

「私は容疑者が犯行に及んだと、確信していません」

意外な発言だと思った。

警視庁本部の捜査官が、誤認逮捕の可能性を認めた。

「まあ、あくまでも私的見解です。上層部では『痴情のもつれからの犯行』ということで決着しています」

誰でもそう思うだろう。

事実、私もそう思っていた。

「いったいなぜ、そう思われるんです?」

「それを教えてしまうと、捜査情報の漏洩で、私が罰せられますよ。今はお答えできませんが、容疑者に会えば分かるでしょう」

香奈子が身柄を拘束されている、留置施設に面会に行った。

弁護人としての正式な依頼を受理していないので、面会には立ち会い人が付いた。

「先生…。来てくれたんだ」

香奈子は憔悴しきっていた。

「家庭教師としての先生か?弁護士としての先生か?まだ正式に選任届は受理していないぞ」

そう言って、立ち会い人の警察官に目をやった。

付き合っていた頃は、お互い名前で呼び合っていた。

「迷惑かと思ったんだけど、弁護士の知り合いは先生しかいなくて」

普通は誰でもそうだろう。

弁護士を用意して、事に及ぶ人間にろくな奴はいない。

「私、彼が許せなくて…。思わずやってしまったの」

本人は犯行を認めている。

ではなぜ、志田は確信が持てないと言ったのだろう。

「香奈子、俺には信じられない」

立ち会い人の手前、敢えて名前で呼んだ。

「君の犯行に疑問を持っている人間は、他にもいる」

今はまだ、それが誰かここでは言えない。

「なんで?私がやったのよ。どうして信じてくれないの?」

「君はなぜ、俺を呼んだ?」

「なぜって…。私の罪を少しでも軽くするためよ」

そう言って、俯いた。

「分かった。今日はもう時間だから、正式に依頼を受理してからまた来る。そうすれば、時間無制限で話ができる」

立ち会い人に促され、席を立った。

「他の弁護士さんを探します」

俯いたまま、香奈子が呟いた。

面会室を出ると、再び志田に会った。
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