躊躇いと戸惑いの中で


給湯室へ向かいながら並んで歩くと、乾君の背の高さは河野くらいあることに気がついた。
昔河野が、俺の身長は一八二センチあると自慢げに言っていたことがあるから、きっと乾君もそのくらいあるんだろうな。

河野が何を自慢げだったかといえば、一つ上のお兄さんよりも一センチ高いことが誇りだったらしい。
他に対抗できることはなかったのか訊ねたら、無言だったのを考えれば、兄弟間では唯一勝てることだったんだろう。
それを訊かされて笑った私を、河野は確か漫才師並みにど突いたんだった。
あれは、面白かった。

ヒールを履いた状態で乾君の横に並ぶと、少しだけ見上げる感じになる。

「身長、高いね」
「まー、そうですね。碓氷さんと並ぶと、丁度いい感じだと思います」

ん?
それは、どういう意味?

よく解らなくて、その言葉をスルー。

「新店には、行ってみた?」
「はい。オープン確認をしたあと、すぐに梶原さんと戻ってきました」
「オープンした新しいお店を見て、どうだった?」

「いいです。こんな大きなことに関わっていた自分は、幸せだなって思いました。誇らしいって言うか。充実感があります」
「だよねぇ。飾られているPOPは、自分が作ったんだ。って思うと、なんか嬉しいものがあるでしょ」

「はい」

乾君は、満足げに頷いている。

「で、梶原君は?」
「あ、既存店に挨拶に行くって出かけて行きました」

へぇ。
送別会は要らないけど、挨拶はしっかりしに行くなんて。
意外と律儀。


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