躊躇いと戸惑いの中で
定規を元あった机の上に戻し、何をしていたのか訊ねた。
「プリンターの調子があまりよくなくて。よく見たら、小さい紙の切れ端が挟まったままで、それを取り除いていたんです」
なんだ、そうだったんだ。
思いっきり不審者かと思っちゃったよ。
よかった、乾君で。
ところで。
「ほっぺに何かついてるよ」
近づいてみると、どうやらインクのようだ。
乾君の右頬には、赤と青のインクがこすり付けられたように付着していた。
きっと、一生懸命に紙を取り除いているうちに、ついてまったんだろう。
私は、傍にあったティッシュを一枚取り、彼の頬を拭いてあげたのだけれど、インクの範囲が広がって、余計に汚れてしまった。
やば……。
ティッシュを握り締めたまま固まる私。
「あ……、ごめん。伸びちゃった」
私の言葉に、え?! なんて顔をして頬に触れている。
「給湯室に行けば中性洗剤あるし、きっと取れるよ」
私が慌てて付け足すと、握った手の甲で口元を隠して笑っている。
その後すぐに、表情が真面目なものに変わった。
「あの、碓氷さん」
「ん?」
小首を傾げながら、彼の言葉を待っていたけれど、なかなか話し出さない。
「どうかした? あ、大丈夫だよ。ちゃんと落ちるから、ね」
インクが取れるかどうか不安なのかもと、私は彼を促し給湯室へと足を向ける。
「いこっか」
声をかけたところで、目を覚ましたように真面目だった表情が崩れ、彼は、はい。と返事をして私の後をついてきた。