キスはワインセラーに隠れて
18.水玉模様のグラスで乾杯


私のウエイターとしての寿命は、七月いっぱいで尽きることが決まった。

そのことは、オーナーと私と、それから香澄さんしか知らない。

定休日をはさんで次に出勤するそのときに、オーナーが従業員の皆にそのことを伝え、私もいちおう挨拶をするようにと言われた。

……でも、あくまで“男”として。

そこでいきなり性別を明かしたら、その日の仕事に支障が出るかもしれないし、ずっと騙されていたことに不快感を覚える人だっているだろう。

そういうことを考慮して、私は最後まで男を貫き通すようにと言われたのだった。







そして今日は、自分の立場が宙ぶらりんのままの、定休日。



「……なんて顔してんだよ」



昼ごろに私の部屋を訪ねて来た藤原さんが、玄関で私の顔を見るなり苦笑してそう言う。

呼び出したのは、他でもない私。

私がplaisirを去ることになったのを、この人だけには先に伝えておきたいと思ったから。


「どんな顔、してます……?」


笑顔を作ったつもりで聞き返すと、頭に大きな手が乗せられて、彼は言った。


「……俺に慰めて欲しいって顔」


……やだな。そんなの、自分がすごく弱い人間みたいで。

だけど、違いますと否定することができない。

藤原さんの前では弱くたっていいかもしれないと、そんな甘えも心の隅っこの方に顔を出す。


「ま、とにかく上がるぞ。話はそれからだ」

「はい……狭いですけど、どうぞ」


私は浮かない顔で返事をすると、藤原さんを部屋に招き入れた。


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