七夕の出逢い
03話 突然の申し出
検査中は、モニターで自分の胃の状態を見ることができる。それを見ながら説明を受けていたはずなのに、何を言われたのかはあまり覚えていなかった。
苦しかったことだけは鮮明に覚えている。あの、十二指腸に空気を送り込まれるところからはいつも拷問。
検査が終わり、しばらくすると診察室に呼ばれた。
検査室とは打って変わって普通の診察室だけど、座っている人が違うだけで空気が違う。
シャープな顎のラインと艶のあるきれいな黒髪。
自分が母譲りの褐色の髪の毛だからか、その色にとても惹かれた。
メガネがこんなにも似合う人っているのね……?
「……さて、真白さん。私の顔をぼうっと見ていらっしゃいますが、何かついていますかね?」
「え……?」
――あ、やだっ。私、なんて失礼なことをっ。
「すみませんっ……」
途端に頬が熱を持つ。
恥ずかしい……。
思わず俯くと、
「いえ、結構ですよ。さほど珍しいことでもありませんので」
思いもよらない言葉が返ってきた。
「あの……やはり、ほかの患者様も芹沢先生のお顔に見惚れるのですか?」
訊くと、今度は意外そうな顔をされる。
「あなたは私に見惚れていたのですか?」
「あ、いえっ……そのっ――」
こういうときなんて答えたらいいのっ!?
答えに困った私はとても見苦しかったのだと思う。だから、話をもとに戻してくれたのだと、そう思った。
「先ほど検査中にも申しましたが、こことここ、出血してますね。それと、ポリープが三つ」
モニターを見ながら説明された。
「念のため組織検査に回しましたが、見たところ悪性ではないでしょう。投薬治療で治せます」
「……ありがとうございます」
「医者として助言するならば、ストレスを回避するように……ですが」
視線を感じ、目の前の人へと視線を移す。と、切れ長の目がふたつこちらを向いていた。
「お見合いを断るのには理由が必要ですか?」
訊かれた内容に驚いたのも束の間。さっきお兄様がそう話したのだから、否定のしようがない。
「そうですね……。何かそれらしい理由があれば良いのですが、私にはこれと言えるものがありませんので、ひとつの縁談をお断りするのに何度かお会いすることになります。一度でお断りできる術を早く習得すべきですね」
最後は少しだけ冗談めかして話した。
「家柄」に拘るお見合い相手や、こんなことすら上手にあしらえない自分を滑稽に思って。
自分に来たお見合いは自分で断る――それは藤宮のしきたりのようなもの。
周りの親族たちは、皆上手に立ち回っている。それができていないのは私だけ。要領が悪いほかならない。
鬱屈する気持ちをどうにか押し留めようとしていると、
「それでは、理由を作りましょうか」
「……はい?」
「あなたの胃が治るまで、私が交際相手になりましょう」
突然の申し出にびっくりする。
「あの、そこまでしていただかなくても……」
「真白さん。先月のお見合いの件でここまで胃が荒れたのだとしたら、それはかなり早いペースで出血まで辿り着いてしまったということです。通常なら糜爛びらんの状態でもおかしくないはずのところをね」
「…………」
「いやなら断ればいいんですよ。お見合い相手のように。それで私が何を損するわけでもない」
確かにそうなのだけど、でも――
「お名前をお借りしてご迷惑にはなりませんか……?」
「迷惑? ……どちらかというなら利害一致ですよ。看護師や医療事務の女性たちに飲み会やら何やらと誘われるのには辟易してますからね。交際相手があなただと知れれば誰も寄って来なくなるでしょう」
「……そう、かもしれませんね」
この人が人の目を惹くのは想像に易いし、私が交際相手だと知れれば、ここに勤める人たちが言い寄ることはなくなるだろう。
ごく当たり前のことなのに、 私、どうしてこんなにショックを受けてるのかしら……。
「それでは、契約成立でよろしいですか?」
確認されるように訊かれた。
「はい……申し訳ございませんが、どうぞお付き合いください」
「『Give and take』ですよ。……だから、あなたが気に病む必要はない」
「えぇ、でも――」
ざわつく胸を押さえ、しどろもどろ言葉を口にすると、
「次の診察は来週の土曜日でいいですか?」
「はい、大丈夫です」
「それではご自宅にお伺いしましょう」
えっ!?
「ご両親にご挨拶をしなくてはならないでしょう? お付き合いするのですら、許可を得なくてはいけないお家柄かとお見受けしますが?」
どこか悪戯めいた顔をして、「まずはそこからですね」とまるで治療の一貫のように話す。
最後にメモ用紙を渡された。そこには右上がりのきれいな文字が並んでいる。
「私の連絡先です。何かあればかけてきてください」
メモに書かれた彼の名前は、芹沢涼(せりざわりょう)――
苦しかったことだけは鮮明に覚えている。あの、十二指腸に空気を送り込まれるところからはいつも拷問。
検査が終わり、しばらくすると診察室に呼ばれた。
検査室とは打って変わって普通の診察室だけど、座っている人が違うだけで空気が違う。
シャープな顎のラインと艶のあるきれいな黒髪。
自分が母譲りの褐色の髪の毛だからか、その色にとても惹かれた。
メガネがこんなにも似合う人っているのね……?
「……さて、真白さん。私の顔をぼうっと見ていらっしゃいますが、何かついていますかね?」
「え……?」
――あ、やだっ。私、なんて失礼なことをっ。
「すみませんっ……」
途端に頬が熱を持つ。
恥ずかしい……。
思わず俯くと、
「いえ、結構ですよ。さほど珍しいことでもありませんので」
思いもよらない言葉が返ってきた。
「あの……やはり、ほかの患者様も芹沢先生のお顔に見惚れるのですか?」
訊くと、今度は意外そうな顔をされる。
「あなたは私に見惚れていたのですか?」
「あ、いえっ……そのっ――」
こういうときなんて答えたらいいのっ!?
答えに困った私はとても見苦しかったのだと思う。だから、話をもとに戻してくれたのだと、そう思った。
「先ほど検査中にも申しましたが、こことここ、出血してますね。それと、ポリープが三つ」
モニターを見ながら説明された。
「念のため組織検査に回しましたが、見たところ悪性ではないでしょう。投薬治療で治せます」
「……ありがとうございます」
「医者として助言するならば、ストレスを回避するように……ですが」
視線を感じ、目の前の人へと視線を移す。と、切れ長の目がふたつこちらを向いていた。
「お見合いを断るのには理由が必要ですか?」
訊かれた内容に驚いたのも束の間。さっきお兄様がそう話したのだから、否定のしようがない。
「そうですね……。何かそれらしい理由があれば良いのですが、私にはこれと言えるものがありませんので、ひとつの縁談をお断りするのに何度かお会いすることになります。一度でお断りできる術を早く習得すべきですね」
最後は少しだけ冗談めかして話した。
「家柄」に拘るお見合い相手や、こんなことすら上手にあしらえない自分を滑稽に思って。
自分に来たお見合いは自分で断る――それは藤宮のしきたりのようなもの。
周りの親族たちは、皆上手に立ち回っている。それができていないのは私だけ。要領が悪いほかならない。
鬱屈する気持ちをどうにか押し留めようとしていると、
「それでは、理由を作りましょうか」
「……はい?」
「あなたの胃が治るまで、私が交際相手になりましょう」
突然の申し出にびっくりする。
「あの、そこまでしていただかなくても……」
「真白さん。先月のお見合いの件でここまで胃が荒れたのだとしたら、それはかなり早いペースで出血まで辿り着いてしまったということです。通常なら糜爛びらんの状態でもおかしくないはずのところをね」
「…………」
「いやなら断ればいいんですよ。お見合い相手のように。それで私が何を損するわけでもない」
確かにそうなのだけど、でも――
「お名前をお借りしてご迷惑にはなりませんか……?」
「迷惑? ……どちらかというなら利害一致ですよ。看護師や医療事務の女性たちに飲み会やら何やらと誘われるのには辟易してますからね。交際相手があなただと知れれば誰も寄って来なくなるでしょう」
「……そう、かもしれませんね」
この人が人の目を惹くのは想像に易いし、私が交際相手だと知れれば、ここに勤める人たちが言い寄ることはなくなるだろう。
ごく当たり前のことなのに、 私、どうしてこんなにショックを受けてるのかしら……。
「それでは、契約成立でよろしいですか?」
確認されるように訊かれた。
「はい……申し訳ございませんが、どうぞお付き合いください」
「『Give and take』ですよ。……だから、あなたが気に病む必要はない」
「えぇ、でも――」
ざわつく胸を押さえ、しどろもどろ言葉を口にすると、
「次の診察は来週の土曜日でいいですか?」
「はい、大丈夫です」
「それではご自宅にお伺いしましょう」
えっ!?
「ご両親にご挨拶をしなくてはならないでしょう? お付き合いするのですら、許可を得なくてはいけないお家柄かとお見受けしますが?」
どこか悪戯めいた顔をして、「まずはそこからですね」とまるで治療の一貫のように話す。
最後にメモ用紙を渡された。そこには右上がりのきれいな文字が並んでいる。
「私の連絡先です。何かあればかけてきてください」
メモに書かれた彼の名前は、芹沢涼(せりざわりょう)――