スイートホーム
そんな幸運をあっさりと手放すというのもかなり躊躇してしまう。


ああ、複雑怪奇な乙女心。


「……悪かったな」


なんて事を悶々と考えている間に、小太刀さんは静かに言葉を発した。


「あの時、つい余計な事を口走って、あんたにいらぬ精神的負担をかけてしまった」


「……え?」


「あの話は忘れてくれ。そして金輪際、俺への気遣いや仕事以外の接触は不要だから」


「それじゃ」と締めの言葉を発しつつ歩き出し、横をすり抜けようとした小太刀さんの右腕を、私はとっさに両手で掴んでいた。


「わ、忘れることなんて、できません!」


その反射神経と大胆さに、自分自身驚愕する。


「自分が今まで経験して来た、過去のどんな出来事よりも強烈に、心に刻まれてしまいました。そしてこれからもずっと、小太刀さんの事を考えないように生活して行くなんて、私には絶対に絶対に無理です!」


淀みなく言葉を繰り出し、しっかりはっきり自己主張できた事にも。


「だってだって。好きな人の過去も未来も、どうしたって、気になってしまいますもん!」


だけど、自分の言動を観察できるくらいの余裕があったのはそこまでだった。


「もちろん、私が近くに居た所で、何の役にも立たないであろう事は百も承知です。でも、決して邪魔はしませんから、せめて小太刀さんの事をひっそりこっそり思うくらいは許して下さいっ」
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