スイートホーム
突然退職する上に、さらに有給を消化するのは申し訳ないと思い、7月末まできっちり仕事をこなしてから五葉商事を去った。


コスモ警備保障は9月1日付けで採用なので、1ヶ月間は猶予がある訳だけど、新生活に向けての準備に費やす期間としては短く、なかなか慌ただしい日々である。


「9月からお世話になります、守家彩希と申します。よろしくお願いいたします」


入社に向けての必要書類を提出する為に会社を訪れ、さらに総務課の女性の案内で、そこから徒歩5分程の距離にある寮へと下見に行った。


「ああ、お話聞いてますよ。こちらこそよろしく」


「最初のうちは大変だと思うけど、すぐに慣れるからね」


管理人の田所夫妻が笑顔で出迎えてくれる。


推定年齢60代前半の、とても優しそうなご夫婦で、内心安堵しながら挨拶を交わした。


「それでは、私は社に戻りますので。後のことはよろしくお願いいたします」


そう言い残し、寮を後にした総務課の女性の後を引き継いで、田所夫妻が建物の中を案内してくれる。


エントランスからスタートして管理人室、エレベーターホール、廊下を進んで食堂、厨房と順番に見ながら建物の奥へと進んで行った。


「で、私達の居住スペースはこっちね」


「守家さんが入るのはこの部屋な」


そう言いながら、旦那さんは手前から二つ目の部屋の前まで歩を進めると、手にしていた鍵でドアを解錠した。
< 62 / 290 >

この作品をシェア

pagetop