新緑の癒し手

 ああ、なるほど。

 心の中でそう呟くと、ヘルバは両者の気持ちを知る。同時に彼等が抱く心情に不安感を覚えるが、ヘルバは今フィーナの気持ちを優先する方を選ぶ。それによりフィーナに残酷な事実を突き付けることになってしまうが、彼女に納得してもらうしかこれしか方法がない。

 女神イリージアが巫女に与える不条理な数々に、ヘルバは人間が崇める女神には慈愛がないのではないかと批判する。ダレスの母親の件といいフィーナの想いといい、全ての面で有利に働くのは欲に塗れた神官達。そう吐露しそうになるが、巫女の前なので言葉としては表さない。

 ダレスに会いたい。

 勿論、その気持ちは痛いほど理解できるが、いかんせんダレス側がどのように思っているのかわからない。フィーナに何も話さずに姿を消したのが意図的な行動なのか、それともただ忘れたのか。それが判明しない中、勝手に連れて行き後で文句を言われるのは堪ったものではない。

 しかし彼女の一途で真剣な面持ちを見ていると、私情を絡めてはいけないとヘルバは思う。それにダレスに冷たい仕打ちをし続ける神官に一泡吹かせるのもこれはこれで面白いと、心の中でほくそ笑む。また、前面的に協力するのなら神官よりフィーナの方が何十倍もいい。

「いいよ」

「宜しいのですか?」

「たまには誰かと一緒にいるのも、いいんじゃないかな。あいつも一人で、寂しいだろうし」

「でしたら、焼き菓子を作ります」

「何故?」

「以前の焼き菓子はあまり上手く作れなかったので、今度はもっと美味しい焼き菓子を作ると約束していまして、それを渡す前に姿を消してしまいましたので持って行きたくて……何処にいるのかわかりませんが、焼き菓子でしたら遠い場所に持って行くことができます」

「まったく、本当に……」

「い、いけませんか?」

「そういう意味で言ったわけじゃない。こうやって真剣になってくれる相手がいることが、羨ましいんだ」

 生真面目というべきか、ダレスと交わした約束を果そうとしているフィーナ。多くの神官達が発するどす黒い思惑が入り混じる中で唯一分かり合える者同士だからこそ、これほど懸命になれるのだろう。それに彼女自身、ダレスに特別な感情を抱いていることも関係している。
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