新緑の癒し手

 全てを自分で――

 という言葉は、流石に口にしてはいけない。これは彼女達が担った役割で、尚且つ「巫女の世話係」という点で自分の仕事に誇りを持っている。だから「自分で全てを行う」と言えば彼女達のプライドを傷付けてしまうので、それを恐れたフィーナは沈黙を保っていた。

 懸命に羞恥心と戦い、作業が終わるのを待つ。そして着替えが終わった時のフィーナの表情は、何処か疲労感が滲み出ていた。現在、彼女が着ているのは襟首と袖口に刺繍が施された白いドレス。このドレスも高い生地を使用しているのか、村で着ていた服より豪華だ。

 ふと、侍女の一人がフィーナの髪を梳く為にブラシを手に取る。彼女の行動にフィーナは鏡の前に置かれた木製の椅子に腰を下ろすと、これまた無言で彼女に髪を梳かれるのだった。

 本来、フィーナの髪の色は美しい小麦色であったが、突如癒しの巫女の力を受け継いでしまったので小麦色の髪の色は緑柱石へ変化する。今では多くの者達から「巫女様」と呼ばれ崇められているが、自分の髪が緑柱石へ変化した時の村人の表情は今も鮮明に覚えている。

 誰もが目を見開き、フィーナの髪を凝視する。それは恐れ戦くという表情ではなく、再び巫女がこの世界に誕生したという歓喜の表情。あの時は村人の心まで読めなかったが、神官達の表情と態度を長く見ていると自分が暮していた村の者達も「巫女の血」という呪縛に掛かっていた。

 勿論、村人や神官達が「巫女の血」の呪縛に掛かり、固執している理由もわからなくもない。現に巫女の血で本当は命を落としていたと思われる人物が助かり、生きながらえているのだから。

 死の恐怖から解放してくれる、癒しの力を生み出す道具。心の奥底に染み込むように広がっていく「道具」という単語にフィーナの心臓はドクっと力強く鼓動するが、そのような考えを持ってはいけないと自分自身に言い聞かし、必死に頭の中から「道具」という単語を消し去ろうと試みるが、足掻けば足掻くほど「道具」という単語は、強烈な印象を放つ。

「巫女様?」

 彼女の頭の中で回るモノを掻き消したのは、侍女の言葉だった。一瞬にして現実に引き戻されたフィーナは自分を呼ぶ侍女の顔に視線を向けると、囁くような声音でどのような理由で呼んだのか尋ねる。

 よくよく相手の顔を見ると、その侍女は自分の髪を梳いていた人物と気付く。「終わったのね」そう心の中で呟くと、フィーナの心の声と同調するかたちで侍女が髪を梳き終えたということを伝えてくる。侍女の言葉に頷き椅子から腰を上げると、一言「有難う」と、返す。
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