檻の中



 驚いて固まるわたしを見て、山口は魔女のように真っ赤な唇をつり上げた。


 部屋の奥にある木目調の扉が半開きになっていた。


 つまり、出入口は二つあったのだ。


 部屋から出て行ったと見せかけて、再びあの扉の奥に回り、陰からわたしの様子を見ていたのだろう。



「最後の心理テスト、ギリギリ合格ね。ここで判断を間違える子も結構いるのよ。おかげで、鞭の出番が増える……」


 山口は歌うように言いながら、“相棒”に手を這わせた。


 これもテストだったの……?


 わたしは呆然と立ち尽くしつつ、本能で危機回避したことを実感した。


 逃げていたら、あの鞭で……。


 山口の手にある拷問具にゾッとして、震える息を吐き出す。


 やはり、檻の中の動物は逃げることなど出来ないのだ。



「この鞭はね、よくしなる特別製なの。一振りで人間の皮膚に食い込み、数回も繰り返せば皮が剥けてえぐれるわ」


「……えぐれる」


 わたしはオウムのように、山口の言葉を繰り返した。


 皮膚が剥けて、肉がえぐれるまで鞭で打つ。


 そんな恐ろしいことを嬉しそうに言う山口に、わたしは真の狂気を感じた。


 罪のない少女を痛めつけて楽しんでいるなんて、人間のやることではない。


 青ざめるわたしをチラリと見て、山口は牙のような八重歯を覗かせた。



「鞭でボロボロになった子は、商品価値がゼロに等しい。それでも、優しいお客はお買い取りしてくれるわ……」


 そこで言葉を切ると、低い笑い声を漏らした。



「死んだ方がマシだとさえ思うほど、鬼畜趣味を持ったお客にね……」


 その言葉を聞いた瞬間、わたしは激しい頭痛とめまいに襲われた。


 目の前が真っ暗になり、喉を締めつけるような息苦しさに立っていられなくなる。



「ハァ……ハァッ……」
 

 身体が拒絶反応を起こし、脳が現実逃避を始めていた。



『萌……!』



 薄れゆく意識の中で、裕太の声を聞いたような気がした。





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