檻の中



「ハァ……何か……ハァ、身体が変……」

 
 動悸と息切れがして、立っているのが辛くなってきた。


 突然、首を掴まれたかと思うと、口の中に何かを突っ込まれた。



「んぐッ……!」


 何者かの指に舌を押され、わたしは小さくなったキャンディを吐き出した。


 目を白黒させていると、髪を鷲掴みにされてバスルームに連れ込まれた。



「ひっ……! 嫌だ、やめてぇっ」


 乱暴されるのだと思って、わたしはパニックになった。


 背後の男の顔は見えないが、きっと“ご主人様”なのだろう。


 バスルームの洗面台に顔を押しつけられ、蛇口の水を頭から浴びせられる。


 鼻と口に水が入り込み、わたしは激しくむせながら手足をジタバタさせた。


 さらに押さえつけられ、頭を上げようとするたびに蛇口に額や顎をぶつけた。



「うぇっ……ゲホッ、ゲホッ!」


 わたしは床に倒れ込み、えずきながら水を吐き出した。


 バスルームが一面水浸しになる。


 ジーンズを穿いた長い脚が見えた。


 手を伸ばそうとすると、スニーカーで容赦なく踏みつけられた。



「……ぎゃっ!」


「俺に触るんじゃねぇ。さっさと立て」


 低く抑えた声に殺意を感じて、わたしは一気に緊張した。


 洗面台に掴まりながらよろよろと立ち上がると、長身の男がサングラス越しにわたしを見据えていた。


 色白でシャープな顔の輪郭が、わたしの好きな若手ハリウッドスターを連想させる。


 もしかしたらハーフかもしれない。



「鏡を見ろ」


 男の言う通りに鏡を見ると、鼻血が出ていた。


 髪はびしょ濡れで、青ざめた顔に呆然とした表情を浮かべている。


 なんて酷い姿……。



「俺が買ったのは、一億円にふさわしい女だ。──貴様は誰だ?」


 男はそう言って、素早くナイフを突きつけてきた。





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