時雨の兎
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ズキリと痛む肩に目を覚ますと、
私は見知らぬ家の布団に横たわっていた。
外から音がしない、夜だろうか。
夜のうちに動かないと、追っ手に気付かれてしまう。そう思い肩を庇いつつ身を起こすと、刀を抱き柱に寄りかかったまま寝ている男が目に入り、私は動きを止めた。
刀のような鈍い光を放つ白髪に白い肌。濃紺の着物の上に灰色の羽織りを羽織った男はまるで異彩を放っていた。
寝ているのにこんなにも人を圧倒するなんて…。
思わずジッと見入ってしまっていた自分を叱咤しそばに置いてあった紅花を手に取り痛みに眉を潜めながらも音を立てぬように立ち上がる。
その時突然声が聞こえた。
「その傷じゃ、まだ無理だ」
慌てて男を見ると、白髪の合間から覗く紅い瞳に射抜かれる。
「…た、助けていただいた事には感謝します。けれど、これ以上は無用です」
頭を下げ一歩踏み出そうとした。
しかし足が思うように動かずフラリと身体が傾く。
思わず目を固く閉じたが衝撃は訪れず、暖かい腕に支えられていた。
「だから言ってるじゃねえか。まだ無理だ」
呆れたような声に私は思わず声を張り上げる。
「…っ、見知らぬ貴方に迷惑をかけたくは無いのです!」
先程あった事を思い出し再び震えが身体を走る。
見ず知らずのこの人をあんな目に合わせるわけには…。
「…何があったかは知らねえけどな」
ゆっくりと私の身体を横たわらせながら彼は言葉を紡いだ。
「その傷治るまでじっとしてな」
久しぶりに聞いた暖かく優しいその言葉に、目尻に溜まった涙が零れる。
先程の恐怖に心身共にやられてしまっていたのだろう。
嗚咽を噛み殺し布団を顔まで手繰り寄せる。
混濁する意識の中、再び聞こえた声に私力を抜いた。
「安心しろ、大丈夫だ」
頬を伝う涙は、懐かしい匂いがした。

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