時雨の兎
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トントントンと規則的に聞こえる音と甘いご飯の香り。
目を開けると窓から朝日が差し込み暖かく部屋を照らしていた。
匂いのする方を見ると一人の女性が手早く料理をしているのが見えた。
「…あの」
恐る恐る声をかけるとすぐに振り返ったその女性は嬉しそうに微笑んだ。
「目を覚ましたかい」
歳は40くらいだろうか。ふっくらとした頬と目尻の笑いジワがその女性を優しく見せる。
「私、どれくらい寝てましたか?」
そう尋ねると女性は豪快に笑った。
「そうさね、3日はぐっすり寝てたかね。アイツが飯作れって言うから何かと思って来て見たらあんたみたいなべっぴんさんがいたんでね」
てっきり女の子たぶらかして来たのかと思ったよ。そう続けて女性は戸口を開けて声を張り上げた。
「おい、しろー。べっぴんさんが目を覚ましたよ」
しろーと呼ばれすぐに顔を見せたのはあの白い男だった。
白髪だと思っていた彼の髪は日に透かすとほんのりと金を帯びて見える。
顔を見る限り歳は私とさほど変わらないだろう。
「よく寝たな」
口元を少し上げて微笑んだ彼は腕いっぱいに野菜を持っていた。
「長い間お世話になっていたみたいで…。申し訳ありません」
項垂れて言葉を落すと泥のついた手で私の頭を力いっぱい撫でた。
「んなことは気にすんな。栄養取ってさっさと傷治しな」
しゃがみ込んで目線を合わせてくれている彼の目を見る。
紅く綺麗な瞳。外国人…な訳は無いけれど。
「…すみません」
もう一度言った言葉に笑った彼の顔は突然ゆがむ。
「…っ、痛ってーな!何だよくそばばあ!」
その声は彼の後ろに立っている女性に向けてのものだった。
「お前、そんな泥まみれの手で女の子の頭撫でるもんじゃないだろ!」
そう言われ初めて気付いたのか慌てて私の頭から手を離した彼は自分の手を見た。
「…後で風呂沸かしてやるから入りな」
そう言われてはっとする。
私が今着ているものはあの日着ていた着物ではない。
慌てて紅花を探すとそれはあの時と同じ様に枕元に置いてあった。
それを見てホッとする私は単純に疑問に思い訪ねた。
「…あの、私の着物は…」
それを聞いた彼は慌てて言葉を放った。
「雨で濡れて…しかもあちこち破れちまってた!だから…た、他意は無い!」
それを聞いた女性はもう一度彼の背中を叩くと私に微笑んだ。
「大丈夫だよ。こいつはグズでろくでもない奴だが嫌がる事なんぞしやしないからね」
一言余計なんだよ、ばばあ!と彼が突っ込む。それに対して軽くあしらう女性のやり取りを見て私は吹き出した。
「ふふっ。すみません、ありがとうございます」
二人に笑顔を向けるとしばらくポカンとした二人は照れたようにまた微笑んでくれた。
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