真紅の空



戸惑っていると、芳さんの指があたしの着ている着物の帯にかかる。
するすると帯が解かれて衣擦れの音を立てて床に落ちる。
もう恥ずかしさとかは感じなかった。
ただ抗わずにそこに立っている。


芳さんは手早く着物を着せていった。


「いっそのこと、ぶっこわしてくれりゃあいいのにな」


「えっ?」


「いや、何でもないさぁ」


柔く微笑んで、あたしから離れる。


今のはなんだったのかしら。
何か言ったような気もするけれど、気のせいかな。
そう思いながらぼうっと考えていると、
芳さんは奥から鏡を持ってきた。


「出来上がりだ。由紀姫様」


見ると自分じゃないと思うほど。
赤が眩しい。
本物の、お姫様のような恰好に戸惑う。


なんて言っていいか分からずに芳さんを見ると、
芳さんは柔く笑った。


「貴女様は主、暁斉様の大切なお方。
 この私、山本芳は貴女様のために命を賭して仕えましょう」


急に芳さんがかしこまってひれ伏す。


やめてよと思うけれど、
その光景が本当にお姫様になったように思えてきて
少しだけいい気持になる。


なるほど、姫様ってこんな感じなのね。
誰かに敬われることなんて普段じゃあり得ないから、とても新鮮。


「ちょっと待って。その大切なお方って、どういうこと?
 あたし、あいつに大切って思われるような人じゃないわよ」


慌ててあたしが言うと、芳さんは一瞬驚いた顔をしたけれど、
すぐに柔く笑って姿勢を正した。


「あんたには言うなって言われてるんだが、
 暁斉はあんたと出会った一番最初、
 あの雪姫よりも美しい人が現れたと、そう話していたのさ。
 

 聡明で美しいあんたのこと、
 少なくともあいつは大切に思っている。


 だから未来への帰し方も模索するし、
 戦場に出てきたあんたのことを叱ったりもする。


 あんたに生きていてほしいのさ。
 御簾の奥で、笑っていてほしいのさ。


 身分も何もない女を傍に置くということは、
 そういうことしかないさ。


 だから、俺にとってもあんたは特別なのさ」





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