【続】三十路で初恋、仕切り直します。

「け、結婚出来ない女、ですか?」
「うん、だってべつに価値観の齟齬だとかはさ、そのホウスケさんに限らず誰と結婚してもありえるものでしょ?」



優衣と藤の夫婦間でも実にさまざまな価値観の相違があるという。

くだらないところではお風呂の水は毎日変えるのか一日ごとかという問題で、ちょっと込み入ったものだと金銭感覚の不一致だとか、両親の言うことに影響され易いとかそれより我を通したい方とか、藤はマイホーム志向で優衣は気楽な借家住まいを希望しているとか。

笑えるくらい些細なものから、親兄弟を巻き込むような深く悩ましいことまで、「考え方が違う」と感じることは無数にあるという。


「齟齬なんてそれこそ数限りないし、一緒に暮らしてる以上死ぬまでにもっともっと増えていくもんだと思ってるわ」とさっぱりした口調で優衣は言う。


「まあもっとも、死ぬくらいの頃には許せないことと同じくらい諦められることも増えると思うけどね」


そうやって達観出来ている優衣は、真の意味のでの「妻」というものになれたのだなと憧れを持って感じる。


「だからね、泰菜。それでも一緒にいたいかどうかが大事なんじゃない?お互い人間である以上、一緒に暮らしてて何も不満もない抱かない相手なんて世界中どこ探したっているわけないんだから」


自分も相手も完璧じゃないと理解したうえで、それでも優衣は藤を自分が寄り添う唯一の相手と思い定めたのだろう。優衣の清々しいくらいの言葉に思わず聞き入る。


「泰菜は真面目でちょっと考えすぎちゃってるだけじゃない?ちょっとくらい価値観が違うことがあったって、生活ペースがかみ合わなくたって、ちっちゃい喧嘩よくしてたって、それでも2人で頑張っていこうって思えるならそれで十分だと思うよ?」


そういって、優衣は残りのアイスコーヒーを飲みきった。


「さっきからなんか勝手なこと言ってごめんね。良く知らない相手なら慎重にって言うところなんだけど、昔からの馴染みの人なんでしょ?だったら結婚、早く踏み切ってもいいと私なら思っちゃうから。女房が心配するほど亭主はモテず、とか言うけどね。それでも私は鉄平を早く自分の旦那さんにしたかったからさ」


素直にそう口に出来る優衣が、やっぱり泰菜には眩しく見える。無性に法資と話がしたくなってきた。


すこし勇気がいるけれど、本当にわたしでいいの?と訊いてみるところからはじめればいいかな、と考える。そのうえで本当は挙式よりも傍にいたいのだと打ち明けてみようかなとも思う。




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