【続】三十路で初恋、仕切り直します。

優衣の目はすこし怒っているようにも見えるけれど、泰菜のことを深く思っていることが感じられる。学生のときから、多少きつい言い方になっても優衣はいつも泰菜のためにはっきりと自分の思うところを告げ、泰菜のことをいちばん親身になって考えてくれる友達だった。


「まあ、泰菜の性格なら『ある』だなんて言えないよね。でもないならなおのこと、上手いこと彼の気持ちが自分に向いているうちに早く結婚しちゃおうとか思わないの?」

そういう狡さも必要よ?と優衣は言ってくる。


優衣の言うことはいちいちもっともだと思う。


泰菜も本当は一日でも早く法資の傍に行きたいと思っているし、そのためだったら挙式だって諦めてもいいとすら思っている。


でもそう思う一方で、たった一週間足らずの付き合いでの婚約だったから、本当に自分でいいのかとか、時間が経って冷静になったとき法資は早まったことをしたと後悔するのではないかと思えてきて、助走する時間もないままいきなり結婚に踏み切ることが不安になっていた。


自分が決めたことで自分だけが後悔するなら受け入れられる。でももし法資が自分との結婚を後悔するようなことがあれば、自分はきっと耐えることなんて出来ない。


だからすぐの入籍にも踏み切れず、かといってシンガポールに突撃する勇気もなく、日本にいたまま中途半端なテンションで一人挙式の準備なんかをしている。


思うように結婚の話を進められない理由は自分にあると分かっている。分かっていてどうしようもなく二の足を踏んでいるのだ。




「……すぐに結婚って思い切れないのは、わたしの性格的なことがいちばん問題なんだと思う。それとね、優衣ちゃんの言う様にさっさと入籍しちゃった方がいいって分かってるんだけど、でもやっぱり法資にもちゃんとわたしとの結婚のこと慎重に考える時間、持ってもらいたくて」

「それってさ、冷静になったその時間に心変わりされてもいいってこと?」


その痛い指摘に二の句が告げられなくなる。法資に捨てられるなんて考えたくもない。けれどこの期に及んでまだ自分に自信が持てずにいた。



子供のときはともかく、大人になった法資が今までどう過ごしていたのかもほとんど知らないままだし、自分がお嫁さんとして受け入れてもらえるほどの人間なのかも自信がない。

それに今はまだ感じたことがないけど、一緒に生活しより深い付き合いになれば、生活の端々に法資と自分に価値観の齟齬を感じるようになるのではないかと不安にもなる。遠距離だからこそ見ずに済んでいた『アラ』が、一緒にいて見えるようになったとき、傍にいるからこそ気持ちが冷めてしまうのではないかとも思ってしまう。

そんな不安を優衣に吐露していると、優衣はやれやれといった様子で首を振る。


「自分がそうだったから分かるけど、それって結婚出来ない女が陥る典型的な思考パターンだよ」


まさしく「人生の先輩」という顔で優衣が語りかけてくる。





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