【続】三十路で初恋、仕切り直します。

別れたときは、お互いに口にすることがなかったその言葉に、長武は受け入れ難いこととでもいうようにしばらく沈黙した。けれど昔のしがらみを一切洗い流し晴々とした表情を浮かべる泰菜を見て、苦しげな顔をみせながらも長武は「もう本当にさよならなんだな」泰菜と同じ別れの言葉を返してきた。



長武と別れた後。

彼の浮気相手が自分が手を掛けて面倒を見ていた後輩だと知ったとき。
その千恵が妊娠していると気付いたとき。
彼が職場で千恵との結婚を報告したとき。



別れを引き摺っていたわけじゃないはずなのに、なんとも説明し難い気持ちにさせられた。けれどもうこれで本当に、長武のことも千恵のことも他人のこことして見ることが出来る気がした。もう彼らのどんな話をきいても胸を波立たせられることもないはずだ。


最後にすこしだけ残っていた長武へのわだかまりさえ手放した泰菜に気付いたのか、長武が吸い差しの煙草をもみ消して苦笑いする。



「……本当に俺は惜しいことをしたんだな」
「それ、褒め言葉だと思っておきますね」



長武の言葉を受け流し、清々しい気分のあまり余裕でにっこり笑みを浮かべる。まるで完全な決別を確認しあうかのように、束の間対照的な表情をする2人が見詰め合った。


泰菜がもう一度心の中で元恋人にさよならを言っていたそのときだった。



「おおっ、密会現場発見!!」



遠巻きから聞き慣れた騒がしい声が近付いてきた。





< 28 / 167 >

この作品をシェア

pagetop