【続】三十路で初恋、仕切り直します。

紛う方無きイケメンである法資を視界に入れながら、井野はにやにや笑って「おじさん、ちっとショックだぞ」と絡んできた。法資本人を前にどう受け答えたものかと考えていると、鈴木と宮原も「たしかに大層な面食いだわな」と話に乗っかってきてしまう。



「どうりで相原ちゃん、ウチの工場にいる若い奴らに全然靡かなかったわけだよなぁ」
「そういやぁCYラインの藤枝が、相原ちゃん飯に誘っても袖にされてばっかだってボヤいてたもんな」

「へぇ。そりゃ初耳だ。藤枝も見てくれはまずまずだと思ってたけどよぉ。こんだけ男前のカレシさんと比べられりゃ、藤枝が気の毒ってもんだ」
「言えてら」



おじさん三人衆はまだ酒も入っていないというのに、げらげらとご機嫌に笑い出す。


「ちょ、待ってください。藤枝さんのことは、べつにそんな」


妙な盛り上がり方をする鈴木たちを止めようと焦って口を挟むと、隣に座っている法資まで涼しい顔で「お前って、モテるんだな」とからかってくる。その言い草に、鈴木たちがいっそう愉快げに笑い出した。


「そうそう。だけどきったねぇ現場で働いてるような野郎なんざ、相原ちゃんのお眼鏡にゃかなわねぇみたいでなぁ」
「やっぱこういうビシッときれぇにスーツ着こなしてそうなにいちゃんじゃねぇと眼中にないんだろ?」

「もう、井野さん!すーさん!いつ誰がそんな高飛車なこといいました?そもそも藤枝さんのことだってちがいますよ!小腹が空く時間に『ちょっと何か食いたいね』みたいなこといわれただけで、べつにそんなお誘い受けたとかじゃ……」


口説かれたというような色気のある話ではない、としどろもどろにそのときの状況を説明しようとして、でも今はそんなくだらない弁解している場合じゃないだろうと気付いた。



「っていうか、そんなことよりなんで法資がここにいるの?班長が連れてきたっていってましたけどどうやって……?」



泰菜の言葉に、三羽烏のおじさん作業員たちが顔を見合わせ、それから班長の田子を見た。田子はビールの到来が待ち遠しいのか、店の奥に視線を置いたまま悪びれもせずに答える。



「どうやってって。そりゃおまえの携帯から呼び出したに決まってンだろ」
「え?」
「さっき工場出る前、おまえ俺に携帯貸してくれたろが」



確かに退社するちょっと前。田子が「女房に今晩は飲んでくるって連絡してぇんだが、俺の携帯、充電切れちまってよ」としょんぼりした様子で言っていたから、どうぞ使ってくださいと自分の携帯を差し出していた。



「あの時に……?」
「俺は若い奴が使ってるような携帯なんてよく分からなかったからな、検査にいた若いのとっ捕まえて、桃木さん宛てに電話掛けてもらってなあ」


いつの間にそんなことを、と絶句してしまう。それにしても携帯の電話帳の中からどうやって自分の恋人を探し宛てたのか疑問に思っていると、田子はしれっと答えた。


「前に津田さんだったか?相原と同郷の営業のにいちゃんが来たときに、相原の昔馴染みの男が『桃木』だか『桃野』だかって言ってたのを覚えてたんだよ」





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