【続】三十路で初恋、仕切り直します。

法資がこんなに思い悩んだ顔を見せるのははじめてかもしれないと、小さい頃からの記憶を辿りながら顔色を曇らせる法資を見詰め返した。


「おまえが席を外してる間、田子さんに説教されたよ」
「お説教?」


そんなことがあったなんてすこしも気付かなかった。法資のことを気に入ったらしい田子は、泰菜の前では「おまえには勿体無いあんちゃんだな」などと言っていたのに。


「そこまで惚れてる女なら目を離さないですぐ傍に置いておけって言われた。……年明け、泰菜がこの世の終わりみたいな顔してたってことも聞いた。『惚れた女にてめえの所為であんな顔させるなんて半人前の男がすることだ』ってこっぴどく叱られた」
「でもそれは……」

年末に帰国が叶わなかったのは仕事の所為なのだから仕方ないと分かっていた、と答えると。

「理屈で納得しても感情の整理がつかなかったから、職場でも落ち込みきった顔してたんだろ?……でも俺も、田子さんから話を聞いても、そういうおまえの姿はうまく想像できなかった。泰菜は俺と離れていても、もっと平気なんだろうと思っていたから」



あのとき、平気なんかじゃなかった。

仕事だからしょうがないと思いつつ、テレビ電話で顔を合わせるたびに本当に帰って来れないのかとか、一緒に過ごせると思っていた時間をひとりで過ごすのはつらすぎるとか、帰れないのは本当に仕事の所為なのか、とか。

口を開けば情けない感情でいっぱいの胸から、不安とかさびしさとか疑念とかが飛び出してしまいそうで、だからそれを全部腹の底に沈めてただ何事もなかったかのようににこにこ笑ってることしか出来なかった。

平気な顔を繕っていただけで全然平気なんかじゃなかった。だけど当時も今もそれを口にするのは憚られて重く黙り込んでしまう。

そんな泰菜に、法資は歯痒そうな顔をする。




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