ヒット・パレード



「おい、緊急事態だっ!大至急ステージの幕を降ろせ!そう、今すぐだ!」


何をさておいても、とにかく今は《まよよ》を観客の目から遮らなければならない。


予定外のハプニングに対応すべく、インカムですぐさまスタッフに指示を出す本田。生放送にハプニングは付き物とは言え、こんなのはマジで勘弁してもらいたい。


どよめく観客達を前にして、静かにステージの幕が降ろされていく。これは何も物理的な意味合いだけでは無い。番組から、そして常識ある大人達からの《まよよ》に対する精神的なメッセージでもある。『芸能界で生き残りたいのなら、もうその位にしておけよ』という無言の圧力だ。


ところが、一旦走り始めた若い《まよよ》の暴走は、そんなものには屈しなかった。


もう既にステージのフロアまで届きそうになっている幕の下を潜り抜け、彼女(彼と言うべきか)は再び観客の前へと姿を現したのだ。


「クソッ!そこまでやるか、あの女!」


業界の常識、大人の事情など、今の《まよよ》には全く眼中に無いに違いない。今の《まよよ》にとって一番大切な事は、長年自分を応援してくれたファンに、ありのままの真実の自分の姿を知ってもらう事。


今、《まよよ》の頭の中には、つい最近買ったDVD で何度も繰り返し観ている吹替え版《アナと雪の女王》の、松たか子が歌うあの大ヒット劇中歌が、沸き上がる感情と共に流れるだけであった。


「皆さん!どうかありのままの《まよよ》を見て下さい!」


「冗談じゃない!そうはさせるかっ!」


もう、なりふり構ってはいられない。本田は必死になって《まよよ》の方に向かって猛然と走り出していた。今の本田の心境を例えるとすれば、映画『ボディーガード』のケビン・コスナーというところか。


但し、本田が身を挺して護るのは銃口を向けられた《依頼人》では無く、一人のアイドルによってぶち壊されようとしている番組の社会的信用であるのだが。


「皆さん!観て下さい!」


「よせっ!やめろ!まよよ!」


今にも行動を起こそうとする《まよよ》を止めようと、ステージによじ登りかける本田。果たして間に合うかどうかは微妙な距離であった。




そして………



「見て下さい!これが、ありのままの《まよよ》です!」


「やめろおおおおーーーーーっ!」



.
< 144 / 201 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop