僕らが大人になる理由
そういって、紺野さんは立ち上がり、コップ一杯の水を持ってきてくれた。

ミントと水が混ざり合って、清涼感がすっとのど元を過ぎた。

そうしたら、なんだか気持ちが落ち着いた。


「……なんで家追い出されたんですか?」

「え」

「まあ、どんな理由でも、同情なんかしないですけど」


腕を組んであたしを見下ろす視線はさっきと変わらず鋭い。

片方だけ耳にかけた黒髪は、まだ濡れている。


なのに、どうしてだろう。

どうしてだろう。この人に、話を聞いてほしくて仕方ない。

ずっと、胸の奥に閉まっていた感情が、どっと溢れだした。

どうしてだろう。


「う、っうわあああああん」

「は!?」

「うわああああん、なんで、なんで、あたしだけこんなに馬鹿なのお…?」

「ちょ、待っ…」

「特進クラス落ちて、大学の推薦も落ちて、センター試験で喘息の発作起きて、入院して、試験受けられなくて、お母さんにも見捨てられてっ…」

「……」

「居場所無くなって、だから自立して、立派になって、もう一回、もっかい、ちゃんと、歩こうって…、自分の力で、歩こうって…思って…っ」



―――人生を勝ちか負けで分けるとしたら、わたしは間違いなく負け組だと、言われたことがあった。

親戚の人が、親と話しているところを、偶然聞いてしまった。

あたしのお兄ちゃんは難関私立大の法学部で、お姉ちゃんは医大生。


同じように育ててきたのに、どうしてこうも違ってしまったのか。

いつまで経っても、自立できない子供で――…


ずっと、そんな目で見られて生きてきた。

あたしだって聞きたい。あたしだって知りたい。

どうしてあたしだけ、って、何度も思った。泣いた。苦しかった。


でも、本当は、そんな風に比べないでほしかった。


どっちが劣ってるとか、優れてるとか、そんな、学力だけを見て、評価しないでほしかった。もっとあたしを見てほしかった。
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