僕らが大人になる理由


掃除も料理もろくにしたことなかったし、ましてや光熱費の払い方なんて全く知らなかった。

怒られたことも、怒られて悔しいって思ったことも、怒られて向上心が芽生えたことも、今までなかった。

今更だけれど、本当に世間知らずだったと思う。知らないことはきっとまだまだたくさんある。


…本当に、清水食堂で得たものは、沢山あったと思う。


「聡人(アキヒト)さんももうそろそろお帰りになられると思いますが…」


その一言で、一気に緊張感が増した。

あの夏の日以来、兄とも一切会っていない。

昔から、兄に対しては無条件で恐怖心があった。

なにかされた訳でもない。だけど、常に見下されているのは幼いころからひしひしと感じていた。


その時、インターホンが鳴った。

からだが一瞬びくりと跳ねた。


「奥様、お帰りなさいませ」

「内山さん、見たことが無い靴があったけど、来客かしら?」

「いえ、今日は真冬さんが」

「真冬?」


内山さんの話を遮って、母があたしの名前を冷たく呼んだ。

ソファーに深く座りながら、母がこちらに来るのを緊張しながら待っていた。

きつい香水の匂いが鼻孔を擽って、気づくと目の前のソファーに母が座っていた。


「……バイトごっこはもう終わったの?」


…目を合わせることが怖くてできない。


「もううちの会社で大人しく働く気になった?」

「それは、最初の約束通り、3月までは…」

「そう、じゃああと3か月ね」

「え」

「春からすぐに研修として働いてもらうわ。ちゃんと恥かかないように、仕事しなさいよ。同期と差をつけるためにあなただけ先に研修させるんだから」

「…はい」

「まったく…まさか娘を自分の会社で雇うなんて…」

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