僕らが大人になる理由



“金持ちの両親にずっと甘やかされて育った女なんか――…”



その時、ふと、あの抑揚のない声が頭にふってきた。




“…そうやって、自分の辛い話すれば、同情するとでも思いましたか”

“…真冬は、どうかはわからないですけど、俺は真冬って名前を聞いたとき、凄くかわいいって思いました”

“真冬の、人の人生の使い方を見下せるほど、あなたは凄い事をしたのですか?”

“…どうしてあの時謝ったんですか? ここで働くことは、謝るようなことなんですか?”




“人と比較しないと、自分のしていることの価値がわからないんですか?”




あれ、駄目じゃん、あたし、何落ち込んでんの。

あの時、あたしを叱ってくれたのに。

自信を無くしてたあたしを、本気で叱ってくれたのに。


それを今全部無駄にするところだった。


ごめん。

ごめんね、紺君。



がんばれよ、あたし。



「…お母さん、お母さんは、知らないだろうけど、あたしはあなたが、今までずっとずっと怖かった」

「……」


絞り出した声は、嘘みたいに震えていた。

それでも、負けずに、あたしは母の瞳を見つめた。


「お母さんの言うことはいつも正しくて、小さい頃は本当にお母さんだけがあたしの世界のすべてだった。善悪も常識もすべてあなたが基準だった」

「…何を言ってるの」

「常に誰かと比較される、そんな世界で、自分に自信なんかもてる訳が無かった。ずっと自分のことが大嫌いだった。でも」

「……」

「でも、あたし、自分の価値は自分で決めなきゃって、自分のプライドは自分で守らなきゃって、誰かと比べて傷つくのは馬鹿げてるって、思った」

「とんだきれいごとね。比べないと、成長しないのよ」

「お母さんの言う“比べる”は、とても狭い世界のように思えるよ。あたしはもっと、大きな規模で、あたしのことを評価して欲しい」

「……いつからそんな偉そうなこと言えるようになったの」

「まだ願望だよ。ちゃんと“評価”して貰えるように今あたしは、“お願い”しているんです」

「………」

「…春から、研修、よろしくお願いします。…では」
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