Candy of Magic !! 【完】
Winter of First Grader !!

スリザーク家




「は、初めまして!ミク・カーチスです!」

「うむ、知っておる」

「へ?」

「君はここで産まれたんじゃからな」



私は今、かの有名な医者、スリザーク家の屋敷に来ている。立派な建物が船(タクシー)から見えるなーと見下ろしていたら、なんとそこがヤト君のお家だったのだ!

船から降りて改めてその圧巻さにたじたじになっていると、タク先生に背中を押されてその大きな門をくぐった。

門から一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だった。丁寧に整理された植物たち。今は冬だから雪が積もっていて花は咲いてないけど、林立している木々はすべて同じ大きさ、同じ形。

中央にでーんと居座っている噴水からは水は流れていないけど、その豪華な造りに寒いのにも関わらず冷や汗が出た。


リ、リッチだ……


そのままの勢いで要塞……いや、家の中に招かれたわけだから、身体はガチゴチに固まっていて、その状態で温かく迎え入れてくれた旦那様に挨拶をした。

旦那様とは、タク先生のお祖父さんであり、スリザーク家の医者の総括を務めているお偉いさん。

一見厳しそうに見えるお爺ちゃんだけど、緊張している私に微笑んだその顔は、どこかタク先生に似ていた。お父さんも前に似てるって言ってたっけ。


旦那様に頭を下げた私。でも初めましてではないというし、ここで私は産まれたという。

私はなんとも間抜けな面と声で旦那様を見上げた。



「いやあ、久しぶりじゃなカイン殿」

「お久しぶりでございます。お身体の方は大事はありませんか」

「わしを誰だと思っとる?医者じゃよ医者。まだ現役じゃ」

「嘘言うなよ、引退してるじゃん」

「馬鹿者。知識はまだまだ現役じゃ」

「はいはい」



タク先生は軽く茶々を入れて、家の中にスタスタと歩いて行った。そしてここまで案内してくれた執事さんを下がらせた。

ここからは、まったくのプライベートとなるらしい。



「親父とお袋は?」

「今年は帰って来られそうにない。急患が入ったそうじゃ」

「よっぽど深刻な患者なんだな」

「うむ。詳しくは知らんが、一刻の猶予もないらしい」



旦那様は真剣な表情でそう告げた。確かに、大晦日の今日に帰って来られないなんて忙しいのだろう。

旦那様のその表情を見れば、この人は本当に医者だったんだなと改めて思う。さっきまでの穏やかな表情から一変して、いっきにアラン先輩の職人顔みたいな表情になったからだ。

タク先生も少し医療についてを知ってるよみたいで、ぶつぶつと病名を並べていた。



「あらまあ、こんなにたくさんのお客様がいらっしゃったのっていつ以来かしら」



と、優しそうな女性の声がエントランスに響いてきて振り返れば、そこには初老のお婆さんが歩いて来ていた。

杖をつくコン……コン……という音が硬い床の上で反射する。



「キミコ、言えば迎えを遣わせたのじゃが」

「迎えなんていりませんよ。私はまだまだ歩けます」



旦那様にキミコ、と呼ばれたこの女性は、多分奥様なのだろう。柔和な物腰でおほほと笑っている。

でも、その身体は少し痩せているように見えた。具合が悪いのかもしれない。



「婆ちゃんは骨粗しょう症で骨が弱くなったんだ。普段は付き人がいるんだけど、こっそり会いに来たんだろう」



小さな声でヤト君が教えてくれた。なるほど、だから杖を突いているんだね。それに痩せているように見えるのは、きっと骨が細くなっているからなんだ。

旦那様は慌てたように奥様に寄り添うと、わしに掴まれ、と腕を差し出した。奥様はにっこりと微笑んでありがとう、とお礼を言った。

その光景が微笑ましくて、つい口元が綻ぶ。



「さあさあ、こんなところで立ち話もなんですからお茶に致しましょう?タク、皆様をご案内して差し上げて」



タク先生は頷くと、私たちを客間に案内した。そこは一面ガラス張りで庭を見渡すことができ、テーブルとソファー、そして真っ白なグランドピアノが配置されていた。

ピアノ……誰か弾ける人がいるのかな。


私たちが思い思いのところに座ると、すかさず執事さんやメイドさんたちが現れて、あっという間にテーブルには紅茶とお菓子が並べられた。


……ちょ、ちょっと待って!見てよこれ!


私は静かに興奮していた。もしユラに言ったら、羨ましがられて挙げ句の果てには投げ飛ばせれてしまいそうな物が目の前に……


チョコレートっ!!チョコレートが目の前にっ!!


じーんと感動して涙が出そうだった。



「ご遠慮なさらず、たくさん食べてくださいね。自信作ですの」

「自信作ですか?」

「ええ。このアップルパイは私が焼いたのよ。切り分けて差し上げて頂戴」



お兄ちゃんの言葉におほほほと口に手を添えて笑う奥様。奥様の言葉に静かに動き出した執事さんは、完璧な手さばきでアップルパイを切り分け、お皿に乗せて私たちに配った。

艶々と砂糖で輝くアップルパイ……チョコレートは、最後のお楽しみということで。



「まったく……いつの間に作っていたんじゃ」

「あら、あなたがお客様が来るのを今か今かと部屋の窓から覗いていたときにですよ」

「知っとったのか?!確かにいい匂いはしておったが……」

「おほほほ……」



朗らかに笑って奥様はフォークを手にした。そしてアップルパイを一口食べて、もう少し焼いた方が良かったかしらねえ……と味わっていた。

旦那様は顔を赤くして奥様の横顔を見ていたけど、諦めたのか大人しくアップルパイを食べ始めた。

どうやら、旦那様は奥様に頭が上がらないらしい。


私も習って一口頬張ると……頭のどこかが覚醒した。

美味しさのあまり目を見開く。

そんな私の表情に気づいたのか、奥様がまたおほほほ、と笑って声をかけてくれた。



「お口に合いましたか?」

「はいっ……!」



もう、普通のアップルパイ食べられないかも。一口目にしてすっかり奥様のアップルパイの虜になってしまった。

そんな私を横から呆れたような目でヤト君が見てくる。



「単純なやつ」

「ヤト君も食べなよ!ねえねえ」

「うっさい。もう食ってる」



私はヤト君の肩をペシペシと叩くとやめろ、と手で払われた。そんな私たちにまた奥様が微笑む。



「あらまあ、仲がよろしいこと」

「何かと共通点が多いだけです」



ヤト君は真面目な顔をして答えた。共通点……クラスメートに生徒会にマナが見えることとか?

私はアップルパイを食べ終えて紅茶を飲んだ。あったいレモンティーが身体中に広がる。思わずため息が漏れた。

お金持ちサイコー……



「タク、皆さんを紹介してくれはくれんかの」

「俺?……別にいいけど」



一通りお茶が進んで、私が口の中ですぐに溶けてしまうチョコレートを大事に大事に食べ終えたとき、旦那様が提案した。

タク先生はめんどくさそうにしたけど、手で示して紹介した。



「彼はトーマ。知ってると思うけどカインさんの息子」

「家族共々お世話になりました」

「こちらこそ。患者さんの大事な家族ですもの……ジャンヌさんは気の毒だったわ」

「いえ、妻は幸せ者でしたよ。奥様によくしてもらって」

「そうだといいのだけれど……」



ジャンヌ……それがお母さんの名前。はじめて知った。

……ということは、お母さんにこの人たちは会っているんだ。それに私はここで産まれたんだ……



「彼は生徒会長のアラン・サベル。実家は時計屋さんなんだけど、訳あって勘当されたんだ」

「ちょ、先輩……最後のは余計です」

「あ、ちなみに俺の学生時代の後輩でもある」

「それなら、タクの学校生活が聞けるのね」

「え……」

「うふふふ……楽しみだわあ」



奥様が可笑しげに笑うとタク先生は固まった。奥様の瞳は意地悪そうに輝いている。

タク先生はこほん、と気を取り直して続けた。



「そして、カインさん。旅商人を辞めて、今はナヴィ校の剣術部の特別顧問をしてる」

「そうか、君は剣術に長けていたんじゃな」

「ええ。母校にまた戻ってから、楽しい毎日を送っています」

「ほう、母校とな」



旦那様は驚いたようにお父さんを見た。お父さんはこくりと頷いて、そこで妻と出会いまして、と頭を掻いていた。

そして、最後に私。



「彼女はミク。俺の教え子だ。ちなみにヤトもな」

「では、あなたたちはクラスメートなのですね」

「は、はい」

「ヤトがいつもお世話になってます」

「い、いいえ……私こそヤト君には助けてもらってばかりで」

「だそうよヤト、良い友達がいて羨ましいわ」

「……」



ヤト君は恥ずかしいのかレモンティーを啜った。耳がほんのり赤くなっていて面白い。

これで一通りの挨拶は終わって、屋敷の中を探検することになった。


ヤト君と私とアラン先輩が並んで歩く。三人が横一列に並んで歩けるぐらいだから、ここの廊下は余程広いのだろう。



「随分立派な屋敷だな」

「はい。隣には診療所もあります。今は休みになってますが」

「ヤッホーって言ったらこだまするかな」

「迷惑だからやめろ」

「冗談だよやるわけないじゃん」



あはは、と私が笑うとヤト君はそっぽを向いた。拗ねちゃったかな。



「ねえ、ヤト君の部屋見せてよ」

「は?やだね」

「なんでよ」

「じゃあおまえは自分の部屋見せろって言われて素直に頷けるのか?」

「うっ……」



正直、壁に貼ってある写真は見られたくない。特にヤト君の写真は無理。

言葉に詰まっていると、アラン先輩がいきなり何かの部屋を開けた。それを見てヤト君が血相を変える。



「見落とすとでも思ったか?」

「うっ……」

「先輩?何の部屋なんですか?」

「こいつの部屋だ」



親指でヤト君を指した先輩。プレートを見れば確かに『ヤト』と書かれている。

ヤト君は先輩の邪魔を必死にしているが身長さで負けは確定。とうとう先輩は部屋の中に入って行った。



「ねえ、部屋の鍵かけないの?」

「んなことするわけないだろ。家族しかいないんだからな」

「確かにね」



ヤト君は項垂れながら先輩の後に続いて部屋の中を見渡した。私も見てみると、そこにはあまり物はなかった。

勉強机、椅子、雪がちらついているのが見える丸窓、ダブルサイズのベッドにずらりと本が並べられている本棚。

でも、定期的に掃除されているのか、埃を被っているようには見られなかった。



「殺風景だね」

「大きなお世話だ」

「雪降ってきたな……初日の出は見られないか?」

「初日の出!私見たことないんですよー」

「でも、タクシーは帰りましたけどね。ここは山が近いので多分見られないかと」

「残念。今度だな」



アラン先輩が外を眺めているとき、私は本棚に目を向けていた。でも、ヤト君がすぐに止めてきた。



「面白い本はないぞ」

「そんな絵本なんて探してないよ」

「絵本=面白いなのかおまえは……難しいやつばっかりだっつってんの。医学書も何冊かあるし」

「そう言わずにさ、本棚を見ればその人がよくわかるって言うし」



でも、ヤト君は頑なに拒否してついに私は部屋から追い出された。ヤト君はドアをバタンと閉めて私の背中をグイグイと押す。

私はつんのめりながら仕方なく部屋から離れた。私は不貞腐れて二人を置いてずんずんと大股に歩いた。



「危なかったな……」

「はい……紫姫の本があったので焦りました。しかも教科書よりも内容が詳しく書かれているやつなので」



そんな会話はそのときの私には聞こえるはずもなかった。



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