Candy of Magic !! 【完】




「うえっ?!」



私は客間に戻った瞬間絶句した。そこにはウルが先回りして、旦那様が座っている足元で寛いでいたからだ。

ヤト君も目を見開いている。



「おまっ……いつの間に」

「ついさっきじゃよ。可愛いじゃろ?」



旦那様は目尻を下げてその頭を撫でた。ウルも満更でもなさそうにされるがままになっている。

奥様はおほほほと笑ってその光景を眺めていた。



「今時オオカミなんて人里に降りて来るんだな」

「お兄ちゃんも見たことないの?」

「まあな。悪い噂ばかりだったしな……他のキャラバンがオオカミの群れに襲われて荷台をひとつ置いてきたとか」

「うわあ……知らなかった」

「でも、あのオオカミは一匹オオカミみたいだし人間にも慣れてるみたいだから平気だと思う」



ソファーに座るとお兄ちゃんが隣に座ってきた。そんな情報交換が行われていたとは知らなかった。でも確かに、旅商人は連絡を取り合って、どこどこに何が足りてないとか、ここに行けばこれが手に入るとか、風の噂でよくキャラバンの進行方向を変えてたっけ。

ウルは自由に客間をうろうろと巡回すると、私の膝に前足を乗せてきた。私になついた理由はよくわからないけど、頼りにされるのは悪くない。

前足を持ち上げておて、としたり、肉球をふにふにとしたりして弄る。ウルは嫌がる素振りを見せず、逆にもっとやれ、と言ってるみたいに甘えてきた。

もう、可愛い……



「だらしねぇ顔」

「え、あ、顔に出てた?」

「なんかムカつく」

「へ?」



ヤト君は意味不明なことを言ってウルを睨み付けると、ふいっと視線をそらした。ウルは受けてたつかのように睨み返す。

一瞬、火花が見えた。



「まあまあ、ウルに嫉妬するなんて可愛らしいわね」

「してません!」

「あらあら、うふふふ……」



ヤト君は顔を赤くさせてトイレ、と言って足取りを荒くしながら出て行ってしまった。奥様はさらに笑みを深くさせる。

でも、嫉妬って……?ウルに?なんで?

はて、と考えていると、アラン先輩のマナの犬がウルに近づいて来た。ウルは犬をじっと見てる。

……もしかして、見えるの?



「あら?お友達になりたいのかしらね」

「ほう、名目上は同じ種類の動物だからの」

「え、え、え、え」



私が壊れたロボットみたいに言葉につまって驚いていると、奥様が私に笑いかけた。



「私たちもマナが見えるのよ?診察するときも、マナの状態で気分が優れているか否かを判断するときもあるわ。ね?」

「うむ。マナの健康状態はその人の健康状態と言っても過言ではあるまい」

「へえー……」



私たちの会話を他所に、犬とウルはお互いを物珍しそうに眺めていたけど、同時にお尻に顔を寄せた。これは犬同士の挨拶だ。

しばらく匂いをかいでいたけど、満足したのか顔を離し尻尾を振った。無事お友達になれたようだ。



「動物にもマナが見えるんですねえ」

「マナ自身が真似ているやもしれぬな。動物は気高く荒々しい。魔法にぴったりじゃ」

「そうですね……魔法は人の心の器の大きさをそのまま表しているように思います。寛大で物怖じしない人ほどマナもその姿を変え、時には主をも支配しかねないほどの力を発揮する」



お父さんがそう言うからさらに説得力がある。思わず左腕に目がいってしまった。

物怖じしない人かあ……ルル先輩のマナがサイなのもわかる気がする。ルル先輩は誰にでも平等に見るから心が広いのがわかる。逆に言えば、人の心の闇の部分に敏感なんだ。だから、エネ校の校長のスピーチの後に機嫌を悪くしていた。

じゃあ、アラン先輩は忠実なんだね。責任感が強いんだ。マナの犬をよく見てればわかる。犬は邪魔にならない程度に現れて、必要な時には必ずいる。空気を読むのに長けてるのかも。

ヤト君のネコはやんちゃかな。エネ校の校長のポニーテールにネコパンチかましてたし。



「さて、そろそろ夕食にするかの」

「あら、もうこんな時間。食後にはケーキがあるのよ。美味しいわよー」

「何ケーキですか?」

「チョコケーキよ。大勢来るってことだったから奮発しちゃったわ」



チョコケーキ!やった!念願のチョコケーキを食べられるんだ!

私は一瞬にして目を輝かせた。甘くてとろけるあの味わいを今度はケーキで食べられるなんて……ユラには悪いけど、じっくりと味わわせてもらおうかな。


談笑しながらリビングで夕食を食べた。ローストチキンにハムにウインナー。山盛りのサラダにそれに合った豊富なドレッシングの数々。さらには美味しい暖かいコーンスープ……パンは自家製というだけあって、香りが全然違った。お父さんたちは優雅にワインを楽しんでいた。

どれもこれも美味しい。一通り全部を少しずつ食べたらお腹一杯になってしまった。でも、チョコケーキが登場したら胃の中がぎゅっと凝縮されて別腹が出来上がる。

口に一口大にフォークで切ったケーキを頬張ると……頬っぺたが落ちた。普段あんまり甘いものを食べないんだけど、しつこくない上品な味わいに感嘆のため息を吐く。

カフェオレが絶妙にお口直しをしてくれて、また違ったチョコのほろ苦さが口の中に広がる。


……おいし~い。



「お気に召したかしら」

「はい!とっても!」

「それは良かったわ~」



奥様は嬉しそうにそう言うと、ケーキを一口食べた。ここの人たちは皆優しい。お手伝いさんたちは包容力があるし、旦那様は面白い方だし、奥様は穏やかな方だし。

こんなに大勢に囲まれることなんて、今までなかったかも。


皆さんが寛いでいると、タク先生がいきなり神妙な面持ちで切り出した。



「ミク、大事な話があるんだ。これは、スリザーク家の者なら誰もが知っていることなんだけど……」

「?!」



いきなり過ぎて飲んでいたブルーベリーティーを危うく噴くところだった。慌ててナフキンで口もとを拭う。

それにしても、何の話?



「おまえの、出生の秘密についてだ」

「タク、話すのかい?」

「ああ……手紙では伝えたよね。一刻の猶予を争うって」

「それはわかってるわ……宿命とも言えるべきことだもの。代わってあげたいぐらい」

「あの……?」



私はいっきに静まりかえったリビングを見渡す。人払いをしたのか、いつの間にかメイドさんたちはいなくなっていた。ここにいるのは、私たちだけ。

それが、さらに不安を煽る。



「まずは、ミクのお母さん……ジャンヌさんの秘密だ。心して聞いてほしい」



普段の先生からは考えられないほどの真剣さ。それを見てただ事ではない内容なのだと直感的に感じる。

はりつめた空気がこの空間を支配していてなんだか気持ちが悪い。ほどよい気温だったのに、急に生暖かく感じられた。



「単刀直入に言うけど、ジャンヌさんは紫姫の血を最も色濃く受け継いだ末裔だ」

「え……」



今、なんと……?紫姫の、末裔?だって、末裔なんて血が薄く広く広がったから直接的な末裔はいないって……

いないって、教科書に……


半信半疑な私は周囲の人たちに救いの目を向けたけど、誰も目を合わせてくれなかった。お父さんでさえ、その視線をこっちに向けてくれなかった。

知らなかったのは、私だけなの?またなの?お父さん……


その後もタク先生がゆっくりと説明してくれていたけど、正直言って内容は朧気にしか聞こえなかった。一気に、世界が色褪せていく。

タク先生が言葉を切ったとき、私は堪らなくなってお父さんに非難の視線を送った。

ねえ、お父さん……私を、見てよ。


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